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    映画版『逆転裁判』寸評


    猪苗代湖
    使用機種
    E-PL2
    使用レンズ
    M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
    絞り値
    F9.0
    シャッター速度
    1/800秒
    ISO
    400
    露出補正
    +0.3EV
    撮影日時
    2012/10/20 15:24:52

    映画版『逆転裁判』寸評


    2012年の映画で三池崇史監督作品だが、予告編をみてこわくなって(さすがに真宵ちゃんがあのメイクでは……期待できないでしょう)みてなかったのだけど、勇気を振り絞って、DVDでみた。


    まずキャスティングについて。

    • 成歩堂龍一 - 成宮寛貴

    まずまずがんばっていたでしょう。

    演技に甘いところがあったけれど(映画というより下手な舞台のようだった)、他のNG俳優よりはマシだった。


    • 綾里真宵 - 桐谷美玲

    問題の。

    これはさあ。桐谷が悪いんじゃなくて、メイクがわかってないんじゃないかな。

    あと、桐谷はスタイルが良すぎて、せっかくの装束がセクシーミニスカみたいになっちゃってる。

    季節が冬だからといって、ファーを着けているのも謎。


    • 御剣怜侍 - 斎藤工

    これがいちばんNG。

    もっとシュッとしていて、知的じゃなければ。

    髪が、ストレスで白髪になったみたい。

    思ったのだけど、成宮とキャストを交換すれば、ピッタリかもしれない。


    • 矢張政志 - 中尾明慶

    まあまあがんばっていたでしょう。

    演出の問題だと思うけど、登場人物の「間」を統一しないと、芝居が下手に見える。


    • 糸鋸圭介 - 大東駿介

    これも問題。

    なんでこんなに若々しいの。

    原作でも、見た目よりも10か20若いけど、年齢よりも老けて見えないと、イトノコじゃない。


    • 綾里千尋 - 檀れい

    顔立ちは雰囲気出てるけど、巨乳じゃないと千尋さんじゃない感。


    • 大法廷・裁判長 - 柄本明

    はじめ良いかな―と思ったけど、サイバンチョはもっと脳天気な雰囲気で、その場の流れに流されやすく、それでいて最終的には必ず正しい判決をくだす、という独特のキャラクターで、難しいのに、脚本通りというか演出通りというか、気難しい感じで演じてしまっている。


    • 大沢木ナツミ - 谷村美月

    この映画のベストキャスティング。

    谷村美月はなにをやってもうまいなーと感じる。


    • 狩魔豪 - 石橋凌

    これもダメでしょう。

    もっとこう、バケモノみたいな顔立ちじゃないと。


    • 生倉雪夫 - 篠井英介

    わりとどうでもいい。


    • 御剣信 - 平岳大

    別にいい。


    • 小中大 - 鮎川誠

    映画独特のキャラで、いいとは思うんだけど(原作と設定が異なる)。

    どうせ逮捕されるなら、原作通りにやってもよかったのでは(尺が取られるのかな)。


    • 綾里舞子 - 余貴美子

    霊媒シーンがダメ。

    原作では第3弾に妖精のように登場するのだから、あんなにおどろおどろしくてはダメ。


    • 灰根高太郎 - 小日向文世

    GOOD.


    • サユリさん - キバちゃん

    原作ではもっと重要なことを言っていた気がする。

    もちろんオウムだから脚本の問題だけど。


    • 灰根サユリ - 中村優子

    どうでもいい。


    • 山野星雄 - 斎藤歩

    GOOD.


    • 姫神サクラ - 蜷川みほ

    谷村美月に次いで、よかった。

    イメージ通り。


    • 王都楼真悟 - 阿部祐二

    しかしなぜオートロさんなんだ。

    ニボシさん出せよ。


    • 亜内武文 - 村杉蝉之介

    成歩堂の最初の裁判の相手が亜内検事だったと気づかないレベル。

    ダメでしょう。



    三池監督の作品に対して、しょっちゅう思うことなんだけど、「なんでここまでこだわって作るのかな」と思う部分と、「そこまでこだわれるなら、ここをもっとこだわれよ!」と思う部分との混在。

    この作品の場合、それが非常に悪い、雑多な印象を与えている。

    「結局、原作の良さを、理解しないでつくってんじゃん」という思いと、「ここまで細かいところを作りこむと、原作知らない人は置いてけぼりになるんじゃね?」という思いと。

    原作としては、三池監督のノリじゃないんだよな。

    三谷幸喜とか、そういうノリ。

    ホログラムを使って、ハイテクな法廷闘争になるのは、良いアイディアだったのだが、とにかく、原作のノリと三池作品のかもしだす雰囲気があまりにも違う。

    キャストミスよりも、演出家チョイスミスということで、プロデューサーの罪だなと思う。






    ダイエット

    (1月18日分)

    367日目。

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    タロットエクサイズ


    The Hanged Man
    12. The Hanged Man【吊るされた男】

    キーワード

    • 手放す
    • 逆転
    • 一時中止
    • 自己犠牲

    アクション

    【手放す】
    • 感情を開放する
    • あるがままを受け入れる
    • 成り行きにゆだねる
    • あがくことを止める
    • 防御することをやめ、心を開く
    • コントロールすることをあきらめる
    • 神の意志を受け入れる
    【逆転する】
    • 世界の見方を反転させる
    • 考えを変える
    • これまでの優先順位をひっくり返す
    • 新しい角度から見る
    • 古い秩序をひっくり返す
    • 反対のほうを向く
    【行動を一時中止する】
    • 反応するのをやめる
    • 時間の流れの外にいる
    • そのままじっとしている
    • 強要することをあきらめる
    • 今を生きる
    • ベストな好機を待つ
    【犠牲にする】
    • 殉教者になる
    • 主張を放棄する
    • 自分にとって大事なことを脇に置いておく
    • 二歩進むために一歩下がる
    • より高次の目的のために目先のことをあきらめる
    • 他者を優先する

    「吊るされた男」のカードは、そのミステリアスさから、大アルカナの中でも人気のあるカードのひとつ。

    このライダーズ・ウェイト版では、北欧神話の最高神・オーディンがモチーフになっている。

    オーディンは、魔術に長け、知識に貪欲で、自らの目や命を代償に差し出すこともあった。

    オーディンは、ルーン文字の解読方法を知るため、ユグドラシルの木(北欧神話に登場する1本の木。世界樹とも呼ばれる)で首を吊り、グングニル(オーディンが持つとされる槍)に突き刺されたまま、9日9夜、自分を最高神(つまり自分自身)に捧げた。

    このとき、縄が切れて一命を取り留めた。


    このライダーズ・ウェイトにかぎらず、吊るされた男は、苦悩の表情を浮かべて描かれてはいない。

    男はこの状況を望んで受け入れたのであり、微笑みさえ浮かべている。

    つまり、この男は、刑罰を受けているのではなく、精神世界の高み(さとり)に到達しようという能動的な望みを、吊るされるという受動的な状態に託している。


    手放すことで獲得すること。

    コントロールしないことでコントロールすること。

    こうしたパラドクス(逆説)が、このカードの中心的な意味だ。


    ここでかんたんに、「パラドクス(逆説)」について解説しよう。

    よくある誤解は、パラドクスとは「矛盾」である、という誤解だ。

    矛盾は、論理学的に説明がつく、論理学上のルールだ。

    次の二つの命題があるとする。

    (1)「AはXである」、(2)「AはXではない」。

    このとき、(1)と(2)は互いに否定しあっているため、同時に成立することはない(両方ともに真である、ということがない)。

    (1)の命題が真であることを証明するためには、(2)の命題が偽であることを証明すればよい。

    このように「矛盾」というルールを利用して結論を導く方法を「背理法」という。


    パラドクスは、論理学のルールを逸脱する状況のことだ。

    次の命題を見よう。

    「この命題は偽だ」

    この命題が真だと仮定すると、この命題の主張に反しており、この命題は偽であることになる。

    だが、偽である命題なのだから、命題の主張は正しく、やはりこの命題は真であることになる。

    ということは、やはりこの命題の主張は誤っており、偽であることになる。

    偽であるということは……(以下無限に続く)。



    パラドクスが私たちに教える教訓は、問題のある状況において、もっとも明白に見えることが、最善の解決方法とは限らないということである。

    たとえば不登校の子どもがいたとしよう。

    彼は学校でいじめられているわけでもなければ、勉強が嫌いなわけでもない。

    そこで父親がこの子どもを力づくで学校まで行くことを強要する。

    それで解決すれば問題はないのだが、多くの場合、この子どもは、ますます学校へ行くことを嫌がるようになるだろう。

    家族療法や短期療法といった心理療法では、こうした「問題」にパラドクスを利用する。

    「逆説処方」ともいう。



    このカードのメッセージは、単純明快、たった一言「発想を逆転せよ」だ。

    何かを得たいのであれば「手放すこと」。

    それも、得たいという「欲望」を手放せば、最高。

    感情を開放(リリース)すること。

    賢い釣り人が、釣った魚を再び放流するように。


    成し遂げたいことがあれば「行動を一時中止すること」。

    待っている間にこそ、ゴールへの近道が見えるものだ。


    主張を通したいのであれば「自己を犠牲にすること」。

    これはなにも、自己犠牲の姿を見た人々が、あわれんで譲歩してくれる、ということだけを意味しているのではない(そういうこともあるかもしれないが)。

    通したい主張、つまり自分にとって重要なことをいったん脇においておくことで、冷静で客観的な現状把握ができ、もっとも効果的な介入、発想を逆転したアクションにたどり着く。



    リバース(逆位置)については、一般的に、次のようなことが考えられる:

    • 今はまだ、時期尚早である
    • 勢いとパワーを失っている
    • 妨害されている、あるいは制限されている
    • 必要なものがまだそろっていない
    • 状況に適していない
    • 本人が拒否している
    • うわべだけの状態

    まず第一に言えることは、とくにライダーズ・ウェイトのカードを逆位置で眺めてみれば分かることだが、この男は明らかに微笑んでいる。それは、高みにのぼることができると確信しているからだが、それは吊るされてこそ、つまり修行・なんらかの自己犠牲のうえで、はじめて成立する。逆位置、つまり「吊るされていない」のであれば、あまり意味は無いのだ。その意味で、他のカードに関しては、逆位置とは、「そのカードのエネルギーが弱まっている」という程度の意味でしかないのに対し、このカードに関しては、逆位置による意味合いがとても大きいと言える。発想を逆転するには、まだあなたは、あなたの欲望をリリースできていないのかもしれない。


    第二に、このカードの意味を強める、近いカード「愚者」にも言えることだが、思い込み・常識・習慣といったものへのとらわれが、強いのかもしれない。「発想を逆転」することは、かなりの力技だ。心をときほぐすことが課題だろう。


    第三に、発想を逆転する前に、とりあえず正攻法で解決しておかなければならない課題があるのかもしれない。不登校の事例にしてもそうだが、「明白に見える」方法をひと通り試したあとで、逆説によるアプローチは効果的になるのだ。




    【参考文献】




    今日の詩篇

    犀の角

    57 義ならざるものを見て邪曲にとらわれている悪い朋友を避けよ。貪りに耽り怠っている人に、みずから親しむな。犀の角のようにただ独り歩め。

    58 学識ゆたかで心理をわきまえ、高邁・明敏な友と交われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。

    59 世の中の遊戯や娯楽や快楽に、満足を感ずることなく、心ひかれることなく、身の装飾を離れて、真実を語り、犀の角のようにただ独り歩め。

    60 妻子も、父母も、財宝も穀物も、親族やそのほかあらゆる欲望までも、すべて捨てて、犀の角のようにただ独り歩め。

    61 「これは執着である。ここに楽しみは少なく、快い味わいも少くて、苦しみが多い。これは魚を釣る釣り針である」と知って、賢者は、犀の角のようにただ独り歩め。

    62 水の中の魚が網を破るように、また火がすでに焼いたところに戻ってこないように、諸々の(煩悩の)結び目を破り去って、犀の角のようにただ独り歩め。

    63 俯して視、とめどなくうろつくことなく、諸々の感官を防いで守り、こころを護り(慎み)、(煩悩の)流れ出ることなく、(煩悩の火に)焼かれることもなく、犀の角のようにただ独り歩め。


    (『スッタニパータ』「蛇の章」より部分引用。中村元訳)




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