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    催眠とコミュニケーションおよび心理療法(1)

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    催眠とコミュニケーションおよび心理療法(1)

    最近、中井英史『人の心を操る催眠術「ブレイン・ハック」』(フォレスト出版)を読んで、なんだか複雑な思いをしたので、ちょっと文章を書いてみたい。

    クライアントさんに向けて書くことを意識して、「ですます調」で書いてみようかとも思ったが、クライアントさんに向けて一般的に書くことはできない。クライアントさんには、個別具体的な文脈があるので、語る内容も語り口調も個別具体的にならざるをえない。

    ここでは、一般的な話をしたい。

    この文章を読んでいる方が、「催眠」という言葉から、どのような事態をイメージされるのか、ぼくにはわからない。

    実を言うと、この「わからなさ」がこの文書を書く動機になっているのだけれど、その辺の事情には後で触れることにする。


    ぼくの想像では、多くの方が、(ぼくの言葉で言うと)「古典催眠」をイメージされるのではないだろうか。

    最近あまり見ないが、ぼくが若い頃は、テレビで「催眠術ショー」をときどきやっていた(今でもやっているのかもしれない。たんにぼくがテレビをほとんど見なくなったというだけで)。

    催眠術師が「さあ、3つ数えると、あなたはオーケストラの指揮者になります」とか、「このコップの水の味が、オレンジジュースの味になります」とか暗示を与えて、催眠暗示にかかった芸能人が催眠術師の言うとおりにコントロールされてしまう、というようなものだ。


    これが「古典」だというのは、術者の催眠誘導が「指示的」である点においてである。

    この「指示的」な催眠にかかる被験者は、人口の25%程度だと言われている(ちゃんとした統計データがあるのかわからないが、経験則に照らしても、そのぐらいだろうと、ぼくも思う)。いわゆる、「被暗示性」「被催眠性」が高いグループ。

    50%の人は、そこそこの被暗示性と被催眠性を備えている。

    残りの25%の人には、この手の「指示的」催眠を行っても、催眠状態には入らない。


    心理学や臨床の世界では、催眠という現象に強い関心を持つ人々は少なからずいて、この「残りの25%をどうするのか」ということが、ひとつのテーマだった。

    かかったりかからなかったりでは、臨床的には「使えない」と判断せざるを得ないから。

    有名どころでは、ジークムント・フロイトが催眠を使った精神分析を行おうとしたが、まずフロイトは催眠誘導がとても下手だったこと(それどころか、彼は対人緊張が非常に激しかった。そこから、患者を横たわらせて、分析家の顔を見ないで済む、自由連想法という画期的な手法が生まれた)、催眠状態に入っているときに語られたことが必ずしも患者の無意識にある現実を語っているわけではないらしいことに気づいたこと、などから、フロイトは催眠という手法から遠ざかることになった。

    後で「自己暗示」について触れると思うのだけど、この暗示suggestionという方法の元祖がエミール・クーエ。超有名。彼もはじめは催眠を使っていたのだけど、被験者が催眠にかからないことが多いこと、催眠から覚醒した後で暗示の効果が薄れること、などを理由に、催眠から遠ざかった。


    で、こうした20世紀前半までの超有名心理療法家たちは、催眠だけではどうもうまくいかない(というか、相手が催眠にかからないこともあるのでは、どうしようもない)、と考えていた。


    革命が起きたのが、ちょうど20世紀中盤。

    20世紀最大の心理療法家ミルトン・エリクソンが、催眠を使った心理療法で、脅威の治癒率を叩きだして以来、催眠は心理療法とは切っても切れないものになった。

    1958年には、アメリカ医師会は、催眠療法には治療効果があると認めざるを得なくなった。

    ここからが、つまりミルトン・エリクソン以後という意味での、「モダン催眠」の歴史になる。

    エリクソンは、古典催眠のような、指示的な催眠誘導を行わなかったので、見学者は「いったいどうやったら、ああなるのか!」と驚いた。

    エリクソンの答えは「だって、そうなるでしょう」というものだったらしい。


    前置きが長くなったが(というか、この文章の「前置き」は、じつはまだまだ続くのだが)、現在、心理療法の文脈で「催眠」といえば、エリクソンのアプローチ、つまり「モダン催眠」のことを指す。

    ちなみに、日本語で「催眠」というと、被検者は眠ってしまうのかと思うかもしれないが、これは誤訳で、18世紀のドイツの医師・メスメルのメスメリズムを輸入するさいに、メスメライズを「催眠」と訳してしまい、それが一般に流通してしまったあとで、催眠状態は眠っているわけではないということが気づかれたのだけれど、時すでに遅し、という事情らしい。

    メスメライズは、後にヒプノタイズと呼ばれるようになった。

    「古典催眠」とか「モダン催眠」という言葉を使ったけど、ぼくはふだん「古典ヒプノ」「モダンヒプノ」という言い方をしている。


    (明日続きを書くかもしれない。前置きはまだまだ続くのだ)

    今日の詩篇

    真昼  谷川俊太郎

    蛇は
    落ち葉の上を
    這っている

    甲虫は
    木のうろで
    まどろんでいる

    ヒトは
    歩き出す
    この真昼

    明るさに
    盲い
    心は空っぽ

    額に疵
    頬にかさぶた
    胸に刺青

    背にかつて
    愛だったものを
    負って

    (詩集『minimal』)
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    コメント

    [C5]

    続きを楽しみにお待ちしています。

    [C6]

    山内さん、コメントありがとうございます。
    細切れに、続きを書いていきたいと思います。
    • 2013-12-17 12:15
    • 斉藤日出夫
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