Entries

    戦前詩としての「夢は夜ひらく・私家版」

    都築響一の名著『夜露死苦現代詩』(ちくま文庫)は、すべての章がすばらしいのだが、このエントリでは「第7章 32種類の『夢は夜ひらく』」について紹介したい。

    「夢は夜ひらく」といえば、藤圭子による「圭子の夢は夜ひらく」が有名だが、はじめて「夢は夜ひらく」をヒットさせたのが園まりだった。1966年(昭和41年)。これは1967年の日活映画『夢は夜ひらく』の主題歌でもある(というか、歌の映画化)。

    これを歌詞を変えてさらにヒットさせたのが1970年の藤圭子バージョン。同曲が収録されたアルバム『新宿の女』はオリコン・アルバム・チャートで20週連続トップ、そのトップの座を奪ったのが2枚目のアルバム『女のブルース』。この2枚のアルバムで、42週間もの間、1人のアーティストがアルバム・チャートの1位を独占し続けるという前代未聞の事態となった。

    「圭子の夢は夜ひらく」といえば、「十五 十六 十七と 私の人生 暗かった」という絶望的な歌詞で有名で、YouTubeのコメント欄なんかをみると、「私はこういう壮絶な人生送っていないから、共感できない」というような意見も目立つのだが、「苦難に満ちた長い下積み生活」というメディア戦略は「作られたもの」だったという事実が、後年明らかになっている(彼女の人生が「壮絶な」ものだということには変わりはないが。しばしば、藤圭子と宇多田ヒカルの関係のみが注目されるのだが、藤圭子の母親も含め、母娘三世代を視野に入れなければ片手落ちになるだろう)。その辺の事情は、作詞家から藤圭子のマネージャーへ「転身せざるをえなかった」石坂まさを氏の『きずな 藤圭子と私』や、DVD『田原総一朗の遺言』あたりを参照していただきたい。


    「夢は夜ひらく」は様々なアーティストによって歌われている。それも、カバーという形ではなく、メロディはそのままに、歌詞を変えて歌われている。

    『夜露死苦現代詩』ではじめて知ったことだが、JASRACに登録されているだけでも32曲ある(うち宮川泰による1曲はBGMだけなので歌詞はないかもしれないとのこと)。

    緑川アコ、三上寛、バーブ佐竹、水原弘、八代亜紀、ちあきなおみ、梶芽衣子、藤竜也、五木ひろし、細川たかし、牧村三枝子、香西かおり、などなどのバージョンが存在する。

    さらに、緑川アコ版の「夢は夜ひらく」は美川憲一や黒沢明とロス・プリモスも歌っているというケースもあり、40件の登録がある。

    ちなみにぼくの好きなバージョンは、三上寛、梶芽衣子、藤圭子、JOJO広重(JOJO広重のは三上寛のを改変したもの)。

    世の中に、バージョン違いがいくつもある・多くのアーティストにカバーされている、などの曲は数あれど、ここまで「歌詞違いかつアーティスト違い」がある歌というのは、聞いたことがない。

    この曲が、ここまで「作詞家の創作衝動」を刺激してきたのはなぜだろうか。

    都築響一の本を読むまで、そのような視点を持てなかったことに恥じ入るばかりであるが、「夢は夜ひらく」はメロディがいっしょなのだから、作曲者は1人である。

    曽根幸明。

    いまでは大御所作曲家として有名だが、この人の人生が「夢は夜ひらく」以上に壮絶で、とてつもなく面白い。

    すでに絶版でプレミア価格がついている『ケンカが好きな芸人たち』で詳しい事情を知ることができる(現在入手できる『曽根幸明の昭和芸能放浪記』はかなり薄められている)。

    都築響一の文章をそのまま読んでもらったほうが伝わるものがあると思うので、引用する。

    昭和10(1935)年東京都世田谷区駒沢に曽根幸明は生まれている。(…)幼くして戦争のまっただ中に放り込まれた曽根少年は、空襲で肉親と生き別れ、髪の毛にシラミ、服にウジ虫を同居させながら上野駅の地下道で寝起き。復員軍人のリュックから乾パンを掠めとってはぶちのめされ、警察に突き出される「名物少年浮浪者」になっていた。

    (…)

    乱暴狼藉を働くGIたちに、一般人はもちろん警察までも手出しできない状況の中で、多感な曽根少年は地元で唯一、悪ガキたちを束ねてGIたちに真っ向から立ち向かう愚連隊グループに入り、頭角をあらわしていく。

    無法な兵隊を懲らしめようと、盗んだダイナマイトで兵舎を爆発させたり(さいわい死者は出なかった)、基地の給水を担うポンプの、真鍮製の巨大なスクリューを盗み出して鉄屑屋に叩き売ったり(当時の金で50万円になったという)、映画のような実話の世界を生きていたが、ついに盗みが発覚して逮捕。関東特別少年院練馬鑑別所(通称・ネリ鑑)送りとなる。昭和29年のことだった。

    9ヶ月ほどになったネリ鑑生活の中で、「ヒマだけはたっぷりあったから、そのへんにあったギターをポロポロやりながら」作るともなく作ったというのが、『夢は夜ひらく』の元になる『ひとりぽっちの歌』だった。はじめは「いやな看守ににらまれて 朝もはよから便所掃除?」なんて、いい加減な歌詞をメロディに乗せていたのだが、しだいに同房の仲間たちも歌詞を付け加えるようになり、「何十番にもなった」という。

    (…)

    地方のキャバレー回りで細々と生計を立てる中、再起を期して昔のハワイアン仲間と吹き込んだのが、ネリ鑑時代に口ずさんだあのメロディ、『ひとりぽっちの歌』だった。


    お前のかァさん 何処にいる
    いいや おいらは ひとりぽっち
    冷たい雪の 降る夜に
    淋しく死んでった

    お前の父さん どこに居る
    いいや おいらは ひとりぽっち
    おいらが生まれる その前に
    ママを捨ててった

    オヤジよ どこかで聞いてくれ
    ママは死ぬ時 言っていた
    パパを怨んじゃいけません
    私が悪かった

    男だ 頑張れ 泣かないで
    悪いパパなら探さずに
    せめて笑って 優しいママの顔
    夢を見ろ


    昭和40年テイチク・レコードから発売された『ひとりぽっちの歌』は、数千枚どまりと売れ行きさっぱり。(…)翌年になって芸能事務所の女性敏腕ディレクターが「歌詞を変えて使いたい」と言ってきた。そこで富田清吾と中村泰士による歌詞に、曲名をあらたにつけかえ、ナベプロ三人娘のひとり園まりに唄わせたのが、『夢は夜ひらく』をめぐる歴史の始まりになる。

    「ぼくの人生にとってみればまさに起死回生、土壇場の逆転サヨナラ満塁ホームランといったところである。この曲のヒットがあと一年、いや半年遅れていたら、借金で首をつっていたかもしれないし、現在の曽根幸明も存在しなかっただろう」(…)

    (引用中のカギ括弧部分は、上述の『ケンカが好きな芸人たち』より)


    現在、脳梗塞のリハビリ中であるという曽根幸明は、「年中命からがら、喧嘩三昧の日々に明け暮れる真っ暗けの人生、そういう思いで作った唄ですから、暗く暗く歌ってくれるとうれしい」「少年院では夜寝るしかない。真っ暗な部屋の中で、逃げることもできず、ただひたすらに寝てるしかない。その暗い中で目をあけ起きていて、昔のことを思い出したり、想像したり、いろいろな夢を思い描いているわけです」という。

    つまり「夢」は、眠りながらみる夢のことではないのだ。

    「藤圭子が唄った石坂まさをのもいいけど、やっぱり三上寛のやつがいちばん好き」だという。

    ぼくの聴き方は間違ってなかったのだな、と思う。


    ところで、このエントリのタイトルを、ぼくは《戦前詩としての「夢は夜ひらく・私家版」》とした。

    これは谷川俊太郎いうところの「戦後詩」に対置させるためだ。一般的に(世界的に)は、「現代詩」といえば、20世紀初頭以降の詩をいうのだが、『夜露死苦現代詩』に所収の対談で、谷川は、戦前(第二次世界大戦の前)の詩を「近代詩」とよび、「戦後詩」と区別している。

    谷川によれば、詩の音読、朗読による音声メディアに、戦後詩は一貫して抵抗してきた。文字メディアでなければ詩ではない、という立場が日本の戦後詩の特徴だ(そこから考えると、谷川俊太郎は、やはり異端であり続けたのだなと思わせられる)。

    これは、戦時中、《短歌の朗詠は勿論、愛国詩を読む俳優の集団が全国をまわったりして利用された経験がある。詩壇全体が言葉の持っている音韻性みたいなものを警戒するようになっていた》という事情がある。

    寺山修司も『戦後詩』の中で、《一口にいって戦後詩の歴史は、活字による詩の歴史である。そして、「言文一致」のはたされていないわが国にあっては、「活字による書き言葉の詩」の歴史であるともいえる(…)肉声の喪失、人間の阻害を語るうえできわめて重要》と言っているから、谷川の勝手な解釈とも言えないようだ。

    この「声」への恐れ、日本的な「言霊主義」とでもいうべき音声中心主義(によるその忌避、という屈折した思想)を、ジャック・デリダならどう分析しただろう。いうまでもなく、デリダの〈音声中心主義批判〉は、音声よりも文字(エクリチュール)が優越する、という内容ではない。プラトン以来の西洋哲学にある、「まず第一にあって、本来的な音声」と、それに劣後する「補足的なメディアにすぎない文字=筆跡(エクリチュール)」という二項対立を脱構築し、音声であれ文字であれ、あらゆる言葉にエクリチュールは先行している(原エクリチュール)、というのがデリダの批判の内容だ。

    日本の戦後詩の「音声忌避」は、西洋哲学における音声中心主義なんてものよりも、もっと原始的な、ある種のアニミズムにみえる(つまりアニミズムを容易に利用できる日本という「風土」への恐れ)。

    「それって、たんなるメルロ・ポンティ的なもんじゃないの?」という見立ては首肯できる。

    が、「メルロ・ポンティに依拠する」と称する「身体メソッド」が、あらゆる認知的メソッドを凌駕して説得力を持ち始めていることは、間違いがない。竹内敏晴とか。ぼく自身も、プラグマティックには、そういうものに依拠せざるを得ないと感じている。好き嫌いで言えば、デリダのほうが好きなんだけど。

    「戦前詩」というポイントに戻れば、これは「戦後」はもはや終わった、というコモンセンスをあてにしている(さらに、今現在は「戦前」である、というコモンセンスも)。

    「声に出される・朗読される・唄われる」詩、というものに、「戦前」という言葉を当てはめることは、非常に物騒だとも思う。それこそ、戦後詩が回避してきた、アニミズム的、共感的、言霊主義的動員、といった、敵の手に渡ると非常に危険なものではないか。

    一方で、ぼくはポエトリー・リーディングに惹かれる。アレン・ギンズバーグらがやっていたことに谷川らの一部の詩人たちが追随したことを、今現在再び行うことに説得力を感じる。

    そのようなわけで、現時点において「声に出して読まれる」ことを前提とした詩に、ぼくは関心があり、それを「戦前詩」とよびたいと思う。


    ところで「私家版」とはなんぞや、ということについて言えば、あらゆるアーティストがあらゆる歌詞で「夢は夜ひらく」を唄ったように、誰もが好きなように、このメロディに歌詞をつけてよいのだ、だから、「自分用・夢は夜ひらく」といったものがあってよいのだ、という意味である。

    以下、「私家版」つまりぼくの「夢は夜ひらく」を掲げる。さまざまな作詞家のフレーズから、気に入ったものを借用し、そこに自分のフレーズも少し入れてある。

    どれが借り物で、どれがぼくのフレーズなのか、できるだけわかりにくくしてあるが、「夢夜」ファンなら、すぐに分かると思う。


    私家版・夢は夜ひらく

    (作詞:石坂まさを/市川睦月/吉田旺/JOJO広重/三上寛/斉藤日出夫)


    赤く咲くのはけしの花
    白く咲くのは百合の花
    どう咲きゃいいのさこの私
    夢は夜ひらく

    泣くため生まれてきたような
    こんな浮世に未練など
    これっぽっちもないくせに
    夢は夜ひらく

    生きてる価値などあるじゃなし
    死んでも価値などあるじゃなし
    あの世に価値などあるじゃなし
    夢は夜ひらく

    長い黒髪断ち切って
    送りつけたいやつがいる
    あいつ不幸かしあわせか
    夢は夜ひらく

    うまれて来なけりゃよかったと
    寒い目をしたおとうとよ
    生きているよね逢いたいよ
    夢は夜ひらく

    本当に行くというのなら
    この包丁で母さんを
    刺してから行け行くのなら
    そんな日もあった

    よくもこの世に産みやがり
    お前のせいだと母さんを
    殴り続けて泣きながら
    夢は夜ひらく

    七に二をたしゃ九になるが
    九になりゃまだまだいい方で
    四に四をたしても苦になって
    夢は夜ひらく

    四畳半のアパートで
    それでも毎日やるものは
    ヌード写真に飛び散った
    カルピスふくことよ

    八百屋の裏で泣いていた
    子供背負った泥棒よ
    キャベツひとつ盗むのに
    涙はいらないぜ

    おまえが最後の女だと
    笑って真っ赤な嘘をつく
    あんた殺した夢を見た
    寒い雨の朝

    人を殺してなぜ悪い
    罪だ罰だというけれど
    浮世に未練があるじゃなし
    夢は夜ひらく

    飲んで忘れるものじゃなし
    醒めてどうなるものじゃなし
    うつらうつらの人生の
    夢は夜ひらく

    愛が欲しけりゃ金払え
    夢が欲しけりゃかね払えってよぉ
    人間でいたけりゃ金払えってよぉ
    夢はどこにある

    一から十まで馬鹿でした
    馬鹿にゃ未練はないけれど
    忘れられない奴ばかり
    夢は夜ひらく

    前を見るよな柄じゃない
    うしろ向くよな柄じゃない
    よそ見してたら泣きを見た
    夢は夜ひらく

    夢は夜ひらく唄っても
    ひらく夢などあるじゃなし
    まして夜などくるじゃなし
    夢は夜ひらく

    十五 十六 十七と
    私の人生暗かった
    過去はどんなに暗くとも
    夢は夜ひらく



    関連記事
    スポンサーサイト
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
    http://orangeprose.blog.fc2.com/tb.php/805-f7b30ae6

    トラックバック

    コメント

    コメントの投稿

    コメントの投稿
    管理者にだけ表示を許可する

    Appendix

    counter

    FC2ブログ

    ブログ

    リコメンド




    ノートンインターネットセキュリティ


    ブログランキング

    QRコード

    QR

    メールで更新を受け取る



    提供:PINGOO!

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる