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    断想

    今日はセッションでちょっとしたミスをした。

    クライアントさん本人が見るかもしれないブログという公開された場で、かるがるしく「ミスした」なんて書くべきではないような気もするが、この出来事は、ぼくが採用している心理療法の特徴をよく表現している出来事だと思うので、理解してもらうためにも、書いておくのが有益かと思う。

    生じた出来事は、

    • クライアントがカウンセラーの手におえないほど驚異的な強度で「恢復」してしまった
    • そのためセッションの終結の提案をせざるを得なくなった

    ということだった。

    まず、「セッションの終結」は、カウンセリングにとって非常に重大な出来事だ。

    病気を治すために病院に通院している患者に対して医師は、病気の再発の恐れがなければ、「はい、もう治っているので、今日で終わりです」と簡単に済ませることができる。病気の完治はめでたいことであり、そもそものはじめから目指されていたゴールであり、その地点に到達したのならば、それ以上通院する必然性はなくなる。むしろ治っているのにまだ通院を薦めるほうが不自然である。よく知らないが、医師は医療コミュニケーションについては教育を受けるかもしれないが、完治の告知についての教育は受けないのではないかと思う。「治りましたよ、良かったですね」でOKだろうと思う(その後おみやげやらお世話になったお礼やらを受け取ってはならない、といったような倫理規定は教育されると思うが)。

    心理療法では、「終結の提案」は、極めてデリケートな問題だ。ぼくの個人的な観点から言えば、もっとも難しく、もっとも緊張する場面である。

    サイコセラピーの場面において、カウンセラーとクライアントは、特殊な信頼関係を構築している。おそらく恋人同士の別れ話よりも、もっと気遣いが必要とされる。

    まず、「早すぎる終結の提案」は、クライアントに分離不安を呼び起こす。一番やっていけないのは、「あなたはもう、大丈夫だから、今日で終わりにしましょう、今までありがとうございました」とセラピストが一方的に決定権を持つこと。これは当たり前のことだけれど、セラピーを続けるのも終えるのも、すべての決定権は、クライアントにある。その前提のもと、お互いに同意の上、セッションという「協同作業(コラボレーション)」を終える。

    また逆に、「終結の先送り」は、クライアントに不信感を呼び起こす。ここでも同様に、決定権はクライアントにある。タイミングよく、「だいぶ改善してきたので、もし『この調子なら、ひとりでもなんとか対処していける』とお感じになられるであれば、そろそろカウンセリングの終結に向けて、準備をすすめようかと思うのですが、いかがでしょう?もちろん、まだ続けたいというのであれば、それは喜んでお引き受けいたします」といったようなことをそれとなく、かつ、明確に伝えなければならない。クライアントがやめたい時にはそう言ってくるだろう、などと構えていては、「このカウンセラーはずるずると引き伸ばして、金をむしりとろうとしているのではないか」といったような疑念を抱くこともある。

    以上はクライアント側の心情を配慮した「難しさ」だが、カウンセラー側にも「心情」がある。第一には「経済的基盤を失うことの不安」(もちろんこんなことを意識しているのであれば、すぐにそれが間違った考えだと気づくし、そのような不安には徹底的に抵抗して終結に向かわなければならない)。第二には、「せっかく信頼関係を築くことができた対象との分離不安」(これは恋人との別れ話に似ているし、子が巣立つ親の気持ちにも似ている)。

    ここまでが前提だが、こうしたことは心理療法家の理論的前提として、一般に共有されているものだ。たとえばロジャーズ的な来談者中心療法では、恢復も終結も穏やかであり、カウンセラーとクライアントの純粋な(congruent)話し合いでソフトランディングさせられる。ロジャーズ派であるにもかかわらず、そのような「話し合い」が成立しないのであれば、そもそもそこにはセッションが成立しておらず、したがって「終結の問題」も存在しない。

    ぼくの今回の特殊なミスは、ぼくの採用するブリーフセラピーという療法独特のものだと思う(他の短期療法家に聞いたわけではないからわからないが。一般的には短期療法とはドライで合理的で、「困ったらまたおいで」的な安直なものだと思われているのかもしれない)。

    ブリーフセラピーの特徴は、クライアントの恢復が、文字通り「短期間に」生じるという点だ。

    これはもちろん、コスト削減という観点からは、クライアントにとって良いことであるし、臨床的観点からも、素早い恢復は恢復を加速させ、「短期であれば、短期になる」という循環をもたらす。

    しかし、ときに、「カウンセラーの手におえないほどの強度で恢復する」という事態が起きる。

    セラピストにとって、「手におえないほど状態が悪い」ことは、さほど問題ではない。その「悪さ」を「力」と読みかえることで(これをミルトン・エリクソンから借りて「ユーティライズ」とよぶ)恢復のリソースとすれば良いだけだからだ。ブリーフセラピー(ソリューションフォーカスト)に基づくセラピストにとっては、クライアントの「悪さ」は、それが強いものであれば強いものであるほど、セラピーを進めやすくする。

    「手におえないほどの強度で恢復」したクライアントは、他の療法家から見れば、「躁転」でしかなく、ある種危険な状態であるため、セッションを継続するのが常套である。

    しかしブリーフセラピーでは、このような「急上昇」は良くあることであり、ほとんどの場合、問題を引き起こさない。「ほとんどの場合」という点に注意しなければならない。つまり、たとえそれが0.5%程度の確率であったとしても、「問題である躁転」と区別がつかないのだ。

    そして、今回ぼくのセッションに生じた出来事には、「問題である躁転」でないのは確実ではあるが、「ブリーフにはよくある、問題でない急上昇」とも言い切れない、という微妙なニュアンスがあった。

    このクライアントさんとのあいだでは、2つの目標を「カウンセリング契約書」で取り交わしている。短期的目標と、中・長期的目標だ。短期的目標は、その解決過程で、定義の変更が行われた。つい数週間前のことだ。結果的には、定義変更する前の目標は達成されず、しかしその目標を「解決」することで乗り越えようとしていたイベントは、結果的に、とても理想的な形で乗り切ることができた。その結果、中・長期的目標としていた案件も、自然消滅してしまったかのように見えた(分かりづらい説明で申し訳ない)。

    簡単にいえば、「うまくいっている人」に突然変化してしまったのだ(得点化するなら、前回のセッションで0点だったのが、70点になってしまった。この「70点」はクライアント本人のスケーリングである)。

    短期療法「だけ」をやっている方から見れば、そんな事態は当たり前のように生じることだ、と見えるかもしれない。しかし、通常、短期療法では、スモールステップの改善が進み、「go slowlyアプローチ」とも呼ばれる方法が、恢復を加速するという逆説的な恢復の仕方を見せる。

    ぼくのやり方(それを個人的に「アジャイル療法」とよんでいるが)では、ブリーフの手法だけではなかなかよい循環に入っていかないクライアントに対しては、「換骨奪胎的折衷主義」をとる。認知行動療法もマインドフルネスも行動療法もロールプレイ(リハーサル)もメールカウンセリングも使う。そのまま無造作に接続するのでもなく、「差異を認めて」取り入れるのでもなく、「換骨奪胎」してブリーフに導入する。

    今回クライアントに生じたのは、それらの「怒涛のアプローチラッシュ」が、乗り越えようとしていたイベント直後に、爆発的に結実した、という事態だった。

    話を戻すと、クライアントの語りに傾聴すればするほど、もはやこれ以上セッションを継続する必然性が見当たらなくなってしまった。そのような場合、当然ながら、「終結の提案」を迫られるのだが(クライアントからではなく、状況から)、あまりに急な提案だったため、クライアントもぼくも動揺してしまった。ぼくが動揺するのはどうでもいいことだが、クライアントを動揺させたのが、今回のミスである。

    運良く、次回予約をいちおうとる、という形で今回のセッションを終え(伝達する約束だったのにまだ伝達していない情報があったためだ)、「このやり方でよかったのだろうか」とモヤモヤしていたら、クライアントさんからメールが入り、「突然のことで驚いた」「本当のことを言うと、継続したい」という意志を伝えてもらえた。そこでぼくは自分のミスに気づいた。

    今回の出来事から教訓を得るとすれば、こういう事態のときには、「おそらく、もうセッションは必要ないかもしれません。ですが、すみません、次回、無料でかまいませんので、あと一回だけ来てもらえませんか」という逆説的な「指し手」を打つべきだ、ということだろう。

    応急処置のようだが、ぼくのようなやり方をしていると、これは避けられないことなのではないかと思う。繰り返しになるが、「あなたはいまとてもいい気分かも知れないが、まだ根本的な問題は解決していないから、まだ終結させるべきではない」などと述べることは、カウンセラーとして傲慢で、やってはならないことだ。継続の必然性が見当たらない場合、終結への意識を共有しなければならない。しかしそれがクライアントにとってもカウンセラーにとっても驚くような、突然のことで、互いに動揺してしまうような場合、そこになんらかのクッションを差し挟む戦略を用意しなければならないだろう。






    ダンガンロンパ#13。一期最終回。演出は確かに寒いけど、豊口劇場を見れたことと、熱い緒方ボイスで結構盛り上がったと思うよ。二期期待。

    超電磁砲S#23。湾内さんと泡浮さんしか目にはいらない。

    リコランミ#12。え、何この最終回。

    ワタモテ#12。今期最強の作品、最終回。こんなに神経をすり減らせる作品には、古今東西の文芸作品すべてを見渡しても、めったに出会うことはできない。作り手の熱も感じられた。ありがとう!ありがとう!もこっち最高だ!こんなにひどいのにこんなにどうでもいい最終回は、RIO以来だ!キミはすごい!本気でもこっちの幸せな未来を願う!

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