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    「ロジャーズ病」のソリューション

    1990年代以降、心理療法の理論的立場から、"Client-Cntered"のカテゴリーが抹消されました(諸富祥彦[2004])。

    これはロジャーズの心理療法の価値が低下したからではなく、彼のいう「必要十分条件」が、いかなる心理療法においても「ごく当たり前の前提条件」になったためです。

    このことは、さまざまな心理療法手法を学べば自ずと理解できることなのですが、「心理療法の入門編」としてのクライアント中心療法を学ぶ方にとって、「ロジャーズの教え」がある種のドグマとして立ちはだかるという現状があるようです。

    「ロジャーズ派であるなら、『良いとか悪いとか』といった判断を口にしてはならない」「ロジャーズ派であるなら、クライアントの口にした言葉をそのまま繰り返さなければならない」云々。

    このような「ねばならない」からの飛躍を果たしたのがロジャーズの画期的な部分だったはずが、いまや「ロジャーズ教」とでもいうべきカルトを形成している。

    「そんなカウンセラーはいないよ。だいいちクライアントが逃げ出すし、商売にならない」と思うかもしれない。

    しかし、カウンセラーを大量に輩出する、あるカウンセラー講座では、「ちゃんとしたカウンセラー」が「心理療法入門者」を指導する体制が整っていない。

    ロジャーズを神として崇め、ロジャーズの著作を教典として崇めるだけの、「カウンセラーでない崇拝者」がファシリテーターを努め、「入門者」に教条を押し付ける。

    ここで、ロジャーズとロジャーズ主義者を、区別しなければなりません。

    心理療法家、カウンセラー(この2つを、同義語として使い始めたのもロジャーズの画期的だった点です)を目指すならば、ロジャーズ主義者からすぐに逃げ出して、ロジャーズそのものから学ばなければならない。

    ロジャーズ主義者は、ロジャーズの著作から、自分の眼に入るものだけを学び、ロジャーズのセッションからは何も学ばない。

    たとえば「グロリア」のセッションからも、「ミス・マン」のセッションからも、「ロジャーズのソリューション・フォーカスト」や「ロジャーズのヒプノセラピー」を学ぶことができる。

    こうしたことができないことが、ロジャーズ主義者の問題点なのだ。


    ソリューション


    「クライアント中心療法」を学習した後、それを「脱学習」すること。

    武術家が「型」を学んだ後、「型」にはまらなくなるように。

    そのためには、「型」を徹底的に「知り尽くす」しかない。

    知り尽くせば、「忘れる」こともできる。

    そもそも知らないことを忘れることはできない。

    「傾聴しない」ためには、「傾聴」を知らなければならない。



    「グロリア」のセッションは、YouTubeでみることができる。(PART 5まである)

    文字起こしされたものとしては、以下の「ミス・マン」とのセッションが参考になる。

    邦訳は完璧ではないが、左ページに原文文字起こしがあるので、そちらを参照のこと。

    ロジャーズの著作としては、論文集が理解の助けになる。下記論文集の下巻とともに読んでおきたい。


    「入門書」としてなら、下記の比較的新しい「新版」の評価が高い。


    入門書を終えたなら、下記の名著で「脱学習」すること。現在的な各種心理療法の立場からの「再解釈」を知ることができる。

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