Entries

    NHK俳句10月号(2016年)に俳句が掲載されました

    苔

    新暦の10月は、旧暦のおおよそ9月にあたり、いわゆる晩秋である。

    四季というものは(ことに日本人にとっては)人工的なものであるから、俳人は人工的に(つまり作為的に)「ああ、秋が終わってしまうことよ」などといちいち意識して俳句を作らなければならない、というか、そうするのが筋であるということになる。

    しかし俳人とは、同時に詩人でもあるから、作為的・人為的な言葉の配置のなかに、詩因をこっそりと忍び込ませなければならない。詩因は無意識的な響鳴のなかに生まれるもので、詩の中で使われるモチーフや、単語そのものに宿るものではない(モチーフ、単語たちの「あいだ」に響く、その響鳴に宿る)。

    で、筋としてはそうなのだが、NHK俳句の題詠は、テレビ放送との連動という優先事項があるから、1シーズン先の題で俳句を作らなければならない。「鈴虫の音がうんぬん」という俳句を作りながら、じっさいには、梅雨がまだあけていなかったりする。この文章を書いている数日後には【枯野】【帰り花】という冬の季語での投稿の締切が迫っている。

    もし「自然に」、ああ秋だなあ、冬だなあ、などとしみじみと感じる人間がいたなら、その人の身体において、季節という人工物=システムによる植民地化が、成功裡に終わっている、ということになる。雪が降ったら、「冬だなあ」じゃないだろう。「寒い!」だろう。寒かったら、「視覚領域にあるこれは雪である」などと認識している場合ではない。認識以前に、胃の腑が「寒い!」と叫ぶのである。俳人は、人に非ざるものであるから、そこを澄まして(ぐっとこらえて)「降る雪や」などと言うのである。


    夏井いつき選。

    • 頭蓋裂いて脳の松虫とつて呉れよ 斎藤秀雄

    僕の句帖によれば、2016.07.07作、2016.07.10投稿。

    まるで風呂でも浴びるように、「季語浴び」をすることがある。このときもそうだった。YouTubeで松虫の声を聞きまくって、「うるさい!」と思った記憶がある。この句を作った時点でのイメージは、じっさいに脳に松虫が忍び込んで「うるさくてかなわないから取ってくれよ」と淡々と語る男、というものだった。超現実主義的かもしれないけれど、長田弘の「バラッド第一番」を口になじませる、という朗読のトレーニングの真っ最中だったことから生まれたイメージかもしれない(《ジャブジャブ/脳に/血が溜まった。/頭蓋を裂いて/血を抜いた》)。

    しかし、9月下旬である現在、この句を読むと、松虫の音のあまりのやかましさに半分狂気に陥った末、自分の脳に松虫が棲みついているという幻想に取り憑かれた男、というイメージが浮かぶ。もちろん、その狂気の男の外側では、実際に松虫が鳴いている。

    これはどういうことかというと、【時点1】イメージを作り、言葉を選択して配置する、意識的な操作を句作の時点で行い、【時点2】「うるさい!」と思った無意識の記憶が、過去に別のイメージを元に作った句によって呼び起こされる、という、時空を超えた書字(エクリチュール)の能動的作用である。



    もうひとつ、NHKラジオへの投稿句。

    鈴木章和選。

    • 包丁のみねのところに黴が出て 斎藤秀雄

    句帖によれば、2016.04.20作、2016.06.15投稿。

    これはじつは、選者の朱が入っている。投稿したのは《包丁のみねのところが黴びてゐる》という句。

    【黴】は仲夏の季語。

    これはけっこうダイナミックな朱入れだと思う。「黴びる」という動詞(これもいちおう、【黴】の傍題として歳時記にはある)を使うより、「黴」という名詞を使ったほうがよい、という判断なのか、もしくは、「ゐる」と終止形で終わるより、「て」と助動詞の連用形(文語と解釈した場合)ないし接続助詞(口語と解釈した場合)で流したほうがよい、という判断なのか。

    「黴が出て」だと、作中主体は「黴が出たことに対して何らかの感慨をもった(困った、とか、びっくりした、とか)」ということになるのに対し、「黴びてゐる」だと、作中主体は「黴という生き物の存在を確認した」ということになる。



    俳句をはじめようとする方へ(2016.09.22版)

    定期的に、俳句へのご招待、という意味合いの文章を書こうと思う。僕も成長するので、随時アップデートするつもりで、書こうと思う。

    まず、まっさらな状態から、俳句を始める、という人を想定すると、歳時記を手に入れましょう、ということになるのだけど、何か一冊、ということであれば、角川の『合本俳句歳時記』がいまのところ、ベストではないか。ぼくはうっかり文庫で買ってしまったのだけど、あっちにいったりこっちにいったりがかえって面倒なので、合本をオススメします。デメリットは、「角川俳壇」という悪口もあるぐらいで、収録されている例句の多くが、面白くない。「角川俳壇」の仲間入りをあなたが目指すのであれば、そう思わないだろうが。


    歳時記以外には、国語辞典、古語辞典、漢和辞典などが必要だが、これはお好みで。「文語で書くのか、口語で書くのか、両方書くのか」を決めておくべきだし、「新かな遣いで書くのか、旧かな遣いで書くのか、両方使い分けるのか」も決めておくべきだ。藤田湘子は、文語口語は両方使ってよいが(一句の中で共存させるのはNG)、かな遣いはどちらかに統一すべきだ、と述べているが、そうでない俳人も増えているので、オススメは両刀。文語文法の勉強には荻野文子『新修 古典文法 二訂版』があればよい(あとは古語辞典をひきまくるべし)。


    最初に読むべき入門書は、これは俳人の9割以上の人が同意すると思うのだけど、藤田湘子『新版 20週俳句入門』。これで、1作目ができる。必ず出来る。そのぐらい、手取り足取り教えてくれる。タイトルに「20週」とあるが、ほんとうに20週間かける必要はない。ただし、20日以下で終えてはならない。何故かと言うと、「暗誦」の課題があるのだが、前日に覚えた句を、翌日覚えているか、確認する必要があるので、少なくとも20日はかけるべきかと思う。本書が終わったら、各種雑誌(NHK俳句でもよい)や「俳句ポスト」などにじゃんじゃん投稿する。新聞は、全国紙であれば、投句してもよいと思う。地方紙はおすすめしない。


    藤田『20週』が終わったら、次の入門書。堀本裕樹・又吉直樹『芸人と俳人』が、いまのところ、2冊目としてベスト。マンツーマン形式で、堀本氏が又吉氏に俳句を伝授する。又吉さんが優秀すぎて(俳句入門書の多くの「生徒役」に共通する問題だが)、こんなにうまくいくわけない! と読んでいて思うかもしれないが、藤田『20週』を読んだあとなら、大丈夫、ついていける。この本のよいところは、句会の文字起こしがあるところ。かなり、理想的な句会である。


    入門書ばかり読んでいて、作句がおろそかになっては本末転倒だが、阿呆ほど書きながら(スタートした年に最低1000句、できれば2000~3000句は書いておきたい)、できるだけ入門書の類にも目を通しておきたい。いまのところ3冊目にベストだとおもうのが、佐藤文香編『俳句を遊べ!』。ただ、これもなあ……「生徒役」が優秀過ぎる、という欠点はある。レベルとしては『芸人と俳人』と同じぐらいのような気がするが、藤田『20週』と堀本『芸俳』には書いていなかった細かい部分の「落ち穂拾い」の役割を果たすと思う(軽く切れる「て」とか)。それと、新しめの例句も多く、10年後にはどうかわからないが、現時点ではタイムリーだと思う。


    俳句1年目にやっておきたいのが、「100本ノック」。何日かかってもよいので(といっても最長で10日)100句作る。書いて書いて書きまくる。といっても何も手がかりがないのでは、似たような発想の、月並な「凡人」俳句ばかりになってしまう。というわけでここでアンチョコを導入しよう。ひらのこぼ『俳句がうまくなる100の発想法』。まずこの本の100項目と、各項目に挙げられている例句をすべて写経する。パソコン派ならテキストファイルに書き写す。ちなみにこの本の例句はすべて覚えておいたほうがよい。で、この100項目をテンプレートとして、100本ノックをする。最後までやったら、またはじめに戻って、100本ノック2クール目。この本を使うのは、2クールでやめておこう(数年後にまた本書に戻るのはオーケー)。次の100本ノック用テンプレートは、自分で作る。自分の好きな俳人の句集、またはアンソロジーを写経して、自分なりに類型化してみるのがよい。


    入門書として最後におすすめするのが、藤田湘子『新版 実作俳句入門』。じつは『20週』よりもこちらが先に書かれた入門書で、こちらでもハードルが高い、という入門者のために書かれたのが『20週』である。個人的には、この『実作』は、あるていど俳句を書き慣れ、読み慣れた時点で読んだ方が、得るものが大きいと思う。


    入門の入門、初級の初級、という段階は、半年から1年で脱出できると思う。ただ、がむしゃらに書きながらも、季語の勉強(たとえ無季でやる、と決心していたとしても)はやっておいた方がよいし、「なぜ、俳句なのか」という思想的な部分、哲学的な部分を育てるには、別途、ちゃんとした本を読む必要があると思う。

    マニアックな季語を知るには『合本俳句歳時記』では足りないので、『角川季寄せ』があると便利。これは『角川大歳時記』の全季語・傍題を、初・仲・晩・三の四区分で掲載したもの。ようするに『大歳時記』があればよく、角川である必要はないのだが、ハンディな『季寄せ』では角川のこれがベストだと思う。

    ひとつひとつの季語を、出典まで遡り、厳密に考えるには山本健吉『基本季語五〇〇選』が便利。勉強になる。というか基本文献中の基本文献。

    あとはとにかく句集を読みまくる。こういう句を書けるようになりたい、と思ったら写経する。手になじませる。口に出して口になじませる。

    共に研鑽してくれる方の俳句界への参入、お待ちしております(現代詩に関心がある方、とくに)。


    関連記事
    スポンサーサイト
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
    http://orangeprose.blog.fc2.com/tb.php/2043-6b4369d6

    トラックバック

    コメント

    コメントの投稿

    コメントの投稿
    管理者にだけ表示を許可する

    Appendix

    counter

    FC2ブログ

    ブログ

    リコメンド




    ノートンインターネットセキュリティ


    ブログランキング

    QRコード

    QR

    メールで更新を受け取る



    提供:PINGOO!

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる