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    民報俳句2016.07.03を読む

    紫陽花

    『福島民報』の「読者文芸・民報俳句」(つい先日まで選者は永瀬十悟氏だったが、現在は江井芳朗氏が選者)に掲載された俳句の中から、いくつか読んでみたい。

    *毎週やるとは限らない(気が向いた時にやる方針で)。


    • 玄関の荷の被りゐし夏帽子 福島 酒井文子

    はじめ、夏帽子の上に荷物が被さっている、と取ってしまったのだが、そうではない。荷物が帽子を被っていたのだ(さらっと擬人法が使われていた)。宅配便の荷物を一時的に玄関に置いておき、しかるのちに、その上に夏帽を載せたのだから、この夏帽はまさに今現在、日常的に使われている。さらに助動詞「し」によって、荷物が被っていたのは過去のことであることも分かる。「この帽子、さっきまで荷物の上にあったよなあ」とは、あたかもふと口をついて出たつぶやきのように見えるかもしれないが、なかなかそのようなありふれた風景(柄谷行人が『日本近代文学の起源』で論じた「風景」のことだ)に焦点を当てることは難しい。


    • つと入りて居間一巡す夏燕 須賀川 佐藤洋子

    我が家の玄関には燕の巣があって、毎年産卵しに燕が来る。それほど広い玄関でもなく、人の大きさに合わせて作られた普通の玄関だというのに、親燕はずいぶんと器用に、上空から滑降し、壁に激突することなく180度ターンし、ホバリングして巣の子らに餌を与える。我々家族が出入りしてもまったく警戒する様子がないが、窓からうちの猫がじっとみつめていると、警戒して親が近づかない。この句の燕にも、そうした燕の器用さを感じる。「一巡す」という措辞が効いているのだろう。スローモーションのように、(ベタな発想で申し訳ないが)スケーターズワルツがBGMに流れているコメディ映画のように。もちろん居間にいる人々は、突然鳥が入ってきた変異に慌ただしくなるのだろうが、「つと」入ってきた燕にしてみれば、ちょっとしたエラー、すぐに態勢を整え直すことができる大きな動きの中のほんの一部分にすぎない。


    • 背なの子の髪に散らすや立葵 会津坂下 佐藤耐子

    歳時記で季題として立っているのは【葵】で、【立葵】はその傍題だが、現在一般的に「アオイ」と呼ばれているのはタチアオイである。手元の歳時記には「中国原産」と書かれており、かつてはそのように考えられていたらしいのだが、Wikipediaで確認すると、トルコ原産種と東ヨーロッパ原産種との雑種とする説が「有力」だそうだ(私には確定する能力がないが)。いずれにせよ、語源のギリシア語は「治療」に関連し、日本にも薬用として渡来したものだ。意識的にか無意識的にか、背の子を癒やす光景を切り取った句であるとも言える。たんなる「背なの子」からの連想に過ぎないが、加藤知世子の《松蟲や背の児は深き海のぞく》を思い出した。「立葵」の背の子はその眼で何をのぞいているのだろうか。


    • 虹の輪へ遊覧船の向かい行く 福島 川久保長久

    虹は雨上がりなどに見られる大気光学現象だが、これが夏の季語なのは、夕立が降るからであろう(もちろんブロッケン現象にも「虹」は見られるが、こちらは【御来迎】として晩夏の季語になっている)。この句には朝の虹なのか、夕方の虹なのかは書かれていないが、私には夕方の虹であるように思えてならない。手元の歳時記には「俗に、朝虹は雨になり、夕虹は晴れになるといわれる」とある。夕方にさっと通り過ぎていったスコールの後で、晴れた猪苗代湖の北東の方向に虹が出たのではないか(虹は太陽の反対方向に見える)。深読みすれば、この遊覧船がこの世に戻ってこられるのかどうか、きわめて怪しい。虹という届かないもの(《いづくにも虹のかけらを拾ひ得ず》山口誓子)へと直線的に向かう遊覧船には、ターミナル(terminateするもの=終端)がない。あるいはそもそも、この遊覧船は、この世のものではなかったのだろうか。


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