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    【クリスマス】歳時記シニフィアン

    胡蘿蔔
    • 透きとほるクリーム舐めてクリスマス 斎藤秀雄

    先日【漱石忌】の記事の中で、後藤夜半の次の句を、one of my favoritesとしてあげた。

    • 瀧の上に水現れて落ちにけり 後藤夜半

    【クリスマス】を季語としたone of my favoritesに、西東三鬼の次の句がある。

    • クリスマス馬小屋ありて馬が住む 西東三鬼

    昭和23年の句。

    句の佇まいとしては近いように思えるのだけど、ただ、後者の「クリスマス」句の方に侘びしさや寂しさの成分が多いように感じ、危うく感傷的にさえなりうる。

    違いは、「クリスマス」の句には背景がある点だ(「瀧」と「水」はひとつの〈機械〉の2側面だ)。

    「クリスマス」を背景とし、前景に「馬小屋」を置けば、誰もが想い出しそうになる「とある物語」が引きこまれ、パララクス効果によって、いわばその〈消尽点〉に、ラカンの言葉で言えば〈対象a〉が現れる。

    この句では、〈対象a〉の位置に、「馬」が住み着いている。

    読者は欲望を奪われ、〈代理対象〉としての馬を与えられる。

    孫引きになってしまうが、高野ムツオ「俳句の時空 33」(『俳句』2015年12月号)に三鬼の「自句自解」が引かれていた。

    「戦争中、苦労をしながら住みついた神戸の家を、第三国人に買ひ取られて放り出され、さて住むに家なし」という状態の時の句であったという。「たまたまクリスマスの日に、暖かさうな藁を敷いた馬小屋に、のうのうと住んでゐる馬を見て羨望に堪へなかつたのです」

    鑑賞者の高野ムツオは「どことなく安らぎに満ちた気持ちが広がった」としているのだが、その感覚はぼくにはわからない。

    が、いま引いたような、「作者の悲哀」も、わからない。

    わからない、というのは、この句が喚起するイメージと感情は、戦後の貧困といった世俗的な問題とはまた違った、独立した感覚であるように思う。

    テクストはつねに作者を裏切る。

    というか、テクストはつねに、作者を「すでに死しもの」へと成らしめる。

    高野は「どこか存在論めいた表現が、〈クリスマス〉を背景として、さまざまな想像を促す」と書いているのだけど、おそらく高野が「安らぎ」を感じ、ぼくが「侘びしさ」を感じるという対比は、〈存在論〉に対する態度の違いであるように思える。


    季語【クリスマス】をとりあげるときに、必ずといっていいほど引き合いに出される句に、秋元不死男の次の句がある。

    • へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男

    昭和24年の句。

    もちろん、ぼくもこの句は好きなのだけど、この句のよさはどこにあるのだろうか。

    第一に、ワンタンが美味しそうだというのがある。

    ワンタンはたしかに「へろへろと」している。

    こう擬態語を添えるだけで、あの金色のスープがしたたる映像が見えてきて、食欲がそそられる。

    ワンタンの語源は「混沌」だそうだが、金色のスープを泳ぐ《輝く混沌》とは、いかにもクリスマスの祝祭的(カルナヴァル)気分に合っているように思う。

    第二に、この句を目にしたときに、ぼくは「たしか、ワンタンをめぐる小説があったはずだ」と気になった。

    あれは何だったか、志賀直哉か、いやあれは寿司だ。

    というわけでググったところ、太宰治の「葉」だった。

    『晩年』の冒頭の、小説の断片を集めたような、奇妙な小説。

    「葉」において、ある外国人の少女が花を売っている。

    この少女は、どういうわけか人通りの少ない日本橋で花を売っている。

    そして3晩続けて、支那人の主がいる支那蕎麦の屋台で、ワンタンを食べる。

     三晩つづけてここで雲呑を食べるのである。そこのあるじは、支那のひとであって、女の子を一人並の客として取扱った。彼女にはそれが嬉しかったのである。

     あるじは、雲呑の皮を巻きながら尋ねた。

    「売レマシタカ」

     眼をまるくして答えた。

    「イイエ。……カエリマス」

     この言葉が、あるじの胸を打った。帰国するのだ。きっとそうだ、と美しく禿げた頭を二三度かるく振った。自分のふるさとを思いつつ釜から雲呑の実を掬っていた。

    「コレ、チガイマス」

     あるじから受け取った雲呑の黄色い鉢を覗いて、女の子が当惑そうに呟いた。

    「カマイマセン。チャシュウワンタン。ワタシノゴチソウデス」

     あるじは固くなって言った。

     雲呑は十銭であるが、叉焼雲呑は二十銭なのである。

     女の子は暫くもじもじしていたが、やがて、雲呑の小鉢を下へ置き、肘のなかの花束からおおきい蕾のついた草花を一本引き抜いて、差しだした。くれてやるというのである。

    (太宰治 葉)

    なんだか「マッチ売りの少女」のような(この少女は死なないが)、「一杯のかけそば」(古い)のような、貧乏くさい話ではあるし、サンチマンタリスムに傾いている感じもするが、このシーンが秀逸であるのは、日本人が日本橋を描写しながら、ここで交流しているのが外国人同士だというところだ。

    とはいえ、これも読んでいて、いかにもチャーシューワンタンが美味そうだと感じる。

    食欲をそそる作品というのは、うまい作品だと、ぼくは思っている。

    この秋元不死男の句にも自選自解がある。また孫引きになる。

    作者は十三歳の時に父が病死し、以後母の手で育てられた。母は昼は和裁の賃仕事、夜には作者を伴って夜店行商をして一家を支えた。兄弟には奉公へ出たり、他家へ貰われていったものもいた。大正の初めのことだ。そうした少年時代に、ワンタン好きの作者のため、屋台の支那そば屋が来ると母がときどき食べさせてくれたのだという。このクリスマスの夜にすすったワンタンが「どんな高価な食べものよりも味わいふかく思えるのは、そういう少年時代の思い出がなつかしく回想の渦をかき立てるからかも知れない」と『自選自解秋元不死男句集』で述べている。(高野、前掲)

    秋元不死男は1941年に新興俳句弾圧事件で検挙拘束されている。

    高野はこのことによってもまた、この句にさまざまな思いが錯綜し、重層されている、とするのだが、これらのことも、ぼくにはわからない。

    西東三鬼の「クリスマス」同様、秋元の「へろへろと」も、テクストに対峙する以外にない。

    音韻的には、「ワンタン」と「クリスマス」では、a音しか重なるところがない。

    しかし「すする」と「クリスマス」は、「ス」の音で、非常に強く響鳴している。

    また、視覚的なリズムとして、〈ひらがな-カタカナ-ひらがな-カタカナ〉(へろへろとワンタンすするクリスマス)という、文字数を変えながら、グルーヴを持たせたセリーが見いだされる。


    この句をめぐって、神野紗希は「クリスマス『なのに』ワンタンすすってる」と切って捨てている。

    神野  クリスマスを詠んだ俳句って、ふたつの傾向があるな、と思います。ひとつは、クリスマス「なのに」俳句。クリスマス「なのに」ひとり、とか、クリスマス「なのに」ワンタンすすってる、とか。「へろへろとワンタンすするクリスマス」(秋元不死男)。もうひとつは、そんなにストレートでいいの?っていうくらい、クリスマスを寿いでる句。後者は、クリスマスだから許される、無礼講的な感じもある。

    越智  後者の例でいくと、紗希さんの「どこへ隠そうクリスマスプレゼント」とかもそうっすよね!楽しい感じ。

    江渡  その句、隠す側だからいいよね。こんなこと考える立場になったなんて、自分、大人になったなあ、っていう。

    神野  つくったときは、こんなんでいいんかな?って自分でも思った。そのまんますぎて。

    越智  危うさはありますけどね。この句を読むと、「いつ渡そバレンタインのチョコレート」(柴田白葉女)、あれを思い出しますね。

    神野  ほんとだね。ま、クリスマスに免じて許してもらおうかな。

    (2011年12月(クリスマス企画)第三回 黒人の掌の桃色にクリスマス 西東三鬼(神野紗希推薦) : スピカ - 俳句ウェブマガジン -)

    この感覚も、ぼくにはわからない。

    クリスマスとワンタンは「なのに」(=にも関わらず)で接続されるほど、「遠い」だろうか。

    引用したついでなので言うと、《どこへ隠そうクリスマスプレゼント》は、《子へ贈る本が箪笥に聖夜待つ》(大島民郎)の類想ではないのか(たぶん、俳壇では《どこへ隠そう》がよい、とされるのではないか。よくわからないが)。

    ついでながら「いつ渡そ」の句を柴田白葉女の句としているが、これは田畑美穂女の句ではないのか(ぼくが間違っているのかもしれない)。


    続けて神野は、「西洋のクリスマス:東洋のワンタン」、という図式と、「へろへろ=ダメな俺」という解釈を持ち込む。

    神野  クリスマスは西洋のものってイメージあるじゃない。そのあと、日本のお正月が来るから、なおさらかな。秋元不死男が「へろへろとワンタンすするクリスマス」って詠んだのは、西洋のクリスマスに、東洋のワンタンをあててきたっていう面白さ。「へろへろ」も、クリスマス「なのに」ダメな俺、っていう演出。ワンタンの句も大好きなんだけどね、構造を指摘すれば、そんなふうに分かりやすくできてる。でも、三鬼のこの句は、ひねってるわけでもないのに、唯一無二なところに到達してるのがすごいんだよね。クリスマスに、異国を感じながら、しかも新鮮っていう。

    (2011年12月(クリスマス企画)第三回 黒人の掌の桃色にクリスマス 西東三鬼(神野紗希推薦) : スピカ - 俳句ウェブマガジン -)

    こうなると、もはや了解不可能であって、通約可能性が皆無になる。

    クリスマスを「西洋のもの」とイメージし、ワンタンを「東洋のもの」とイメージするのは、世代的なものなのだろうか(神野はぼくよりも10歳ほど若い)?

    よくわからない。

    西アジア(ヘブライ)生れのキリスト教のミサが、ローマ帝国領域やゲルマン人の土着の信仰である冬至の祭りと習合したものがクリスマスである(キリスト教徒にとっては復活祭の方が重要なミサである)。

    日本でクリスマスが祝われたのは、16世紀以来。

    俳句の歴史よりも長い(子規を起源とするのであれ、芭蕉とするのであれ)。

    ワンタンに至っては、紀元前からある。

    ワンタンが現在の形になったのは、唐代以来だというから、ゲルマン人はどうかわからないが、ペルシア人は確実に食べていただろう。

    唐にはネストリウス派のキリスト教(景教)の寺院もあった。

    いや、べつに、ワンタンにそんなに思い入れがあるわけではないし、強く「主張」したいわけでもない。

    クリスマスといえばワンタンしかないだろう、などとも思わない。

    しかし、「クリスマスは西洋のものってイメージあるじゃない」というときの、「~じゃない」(同意要求)に、「俳壇的なもの」を感じざるを得ない。

    ようするに「わかるな?」(『さらば宇宙戦艦ヤマト』)ということだ。

    俳句では、頻繁に「季語に託せ」「季語を説明するな」と言われる。

    技術的にはそのとおりだと思う。

    だが、これがいつの間にか「読者を信頼せよ」という政治的な当為命題にすり替えられてしまう。

    この時の「読者」とは、俳壇のことである。

    「《枯野かな》だ。わかるな?」というわけだ。

    しかし、テクストが予め「作者の死」を前提としているのと条件は同じであって、「読者」もまた、死んでいるはずではないだろうか。

    生きているのは、テクストのみである。

    このことをここでしつこく言っているのは、最近、ジジェクが「俳句的=ドゥルーズ的な〈出来事〉」を批判していたことが、問題にされなければならないと思うからだ(『事件!』)。

    これはぼくが一人で勝手に持ち込んでいる問題ではなく、たとえば関悦史が「現代俳句時評 12」(『俳句』2015年12月号)で提起しているものでもある。

    「仏教的な宇宙には二種類の事件がある。ひとつは悟り、すなわち〈自己〉の非存在をそっくり受け入れること。もうひとつは俳句や、ドゥルーズのいう(無)意味の純粋な〈事件〉に典型的に見られるような、束の間の事件を独特な形で捉えること」。こうした仏教的に脱実体化された存在論の例として芭蕉の句を(当然翻訳で)読むジジェクは、それを事件以前の状況=「古池」、平安を乱し事件を生成する「蛙が飛び込む」、束の間の事件そのものに命名する「ポットンという音」に分節する。切れ字の両側に一般的状況と、事件の物質的支えとなる特定要素が置かれ、それが重なり合う。ここでは実体的現実は中断されているわけだが、こうした脱主体化は両義的(はっきりいえば危険)とジジェクはいう。アメリカに禅を広めた鈴木大拙は戦前、軍備拡大の精神を支持し「実際に人を殺すのは彼ではなく剣それ自身である」との言葉を残していたのだし、またポル・ポトやアウシュヴィッツの蛮行にも存在論的に「純粋な事件」を見出すことはできてしまうというのだ。「野蛮な恐怖と真に私的な精神とはけっして両立不可能ではなく、同伴者にもなりうるということだ」。

    奇妙で極端に見える議論ではあるが、戦時下の俳人たち(ことに俳句は戦争から影響を受けなかったとする高浜虚子)の言動や実作と思い合せ、自己の変容・拡散の諸相について考えることは無益ではあるまい。

    ここで〈事件〉と訳されているタームは、一般には〈出来事〉だとか、あるいはドゥルーズの文脈では〈純粋生成〉などと呼ばれるところのものだ。

    ジジェクのこの論に、ぼくは個人的には、「ラカン派のあんたが言うんかい!」とツッコミを入れたくなるところだが(なぜなら、これもごく一般論としては、ラカンのように縫合不能性=決定不能性を、形式化し得ない、否定的な残余として特権化する議論こそが、「否定神学」とよばれて批判されてきたのだから)、おそらくジジェクにはドゥルーズ的な方向性とは別の哲学を模索したいというプランがあるのだろうから、いったん棚上げにしておこう。

    関は「奇妙で極端に見える」というが、これまでもさんざん行われていた議論である(俳壇ではどうか知らないが)。

    秋元不死男が拘束された「新興俳句弾圧事件」は、容易にナチスの「退廃芸術展」を想起させる。

    日本とドイツで、同時期に、同じようなことをしているのだ。

    ナチスは、近代美術を精神と身体の病気の現われとし、ロマン主義的写実主義を称揚した。

    これは俳壇では、高浜虚子の客観写生に異を唱えて新興俳句運動を起こした水原秋桜子の「馬酔木(あしび)」、「反ホトトギス」「反虚子」の対立に対応している。

    むろん、新興俳句弾圧事件は、たんに「椿の鮮やかさを詠んだから共産主義」「《菊枯れ》と詠んだのは皇室への不敬」といったくだらない幼稚なロマン主義にすぎなかったわけで、水原秋櫻子は逮捕されるどころか医師として皇室の産科を担当している。

    しかし、軍部や特高警察のみがロマン主義的だったのではなく、高浜虚子的な宗匠制度、共同体内部の「わかりあい」へと頽落していく、主情主義が、おしなべてロマン主義にすぎなかったのだ。

    ぼくの考えでは、正岡子規は主知主義であり、松尾芭蕉は主意主義であった。

    「わかるな?(わかれよ?)」という俳壇の態度は、主情主義、宮台真司の言葉で言えば「感情の劣化」でしかないし、虚子のもとを去った瞬間の秋櫻子、秋櫻子のもとを去った瞬間の藤田湘子こそ、俳壇の主情主義という軛=絆を逃れることができていた。

    ジジェクの俳句批判に対し、逃げ道を探るのは容易ではない。

    俳壇の構造的問題にすぎないのだから。

    しかし、俳壇が主情主義にすぎないからといって、テクストとしての俳句が頽落していることにはならない。

    この記事で取り上げたふたつの句:

    • クリスマス馬小屋ありて馬が住む 西東三鬼
    • へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男

    これらのそれぞれに、ぼくは「時間的遅延」を見出した。

    一挙に純粋な事件が生成するのではない。

    「クリスマス」の句では、〈クリスマス〉-〈馬小屋〉-物語の侵入-〈馬〉(パララクスへの代理物の侵入)という、時間的セリー。

    「へろへろと」の句では、ひらがな-カタカナ-ひらがな-カタカナという、リズム的セリー。

    「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」というアドルノの有名な命題を、現代の我々はリテラルに受け止めなければならない。

    最終的に詩人は(たとえば長田弘がそうであったように)敗北せざるをえないとしても、このアドルノの命題を懐に抱え込んで、闘争しなければならない運命にある。


    【クリスマス】降誕祭 聖樹 聖夜 聖夜劇 聖菓 サンタクロース

    十二月二十五日、キリストの誕生日。ただし実際にいつ生れたかは不明。ヨーロッパにおいて土俗の冬至の祭と習合したもの。前夜をクリスマスイブといい、子供たちはサンタクロースに贈り物を入れてもらう靴下を枕元に吊り下げて寝る。翌二十五日、教会では聖樹を飾り、聖歌を歌ってキリストの生誕を祝う。クリスマスの頃の都会は華やかなイルミネーションに彩られ、町も人も活気に満ち、クリスマスソングが流れて浮き立つようである。家庭でもクリスマスツリーを飾ったり、プレゼントを交換したり、すっかり生活に溶け込んでいる。

    (角川学芸出版編『俳句歳時記 第四版増補 冬』(角川ソフィア文庫))

    クリスマス(仲冬)降誕祭 聖夜 クリスマスイブ 聖歌 クリスマスツリー 聖樹 クリスマス・ケーキ

    【解説】十二月二十五日、キリストが誕生した祝日。その前夜をクリスマス・イブと言う。キリストの正しい誕生日はわからないが、キリスト教ではこの日を祝日と定め、一年を通じ最大の祭日として前夜から教会堂で荘厳な儀式が行われる。クリスマス・ツリーが飾られ、祝福の言葉が交換され、クリスマス・カードや品物の贈答が行われる。家庭では子供達にサンタクロースの伝説に因んでお菓子や玩具が与えられ、クリスマス・ケーキを切ったり七面鳥の料理を食べたりする。

    北欧特にドイツがクリスマスを盛んに行う。学校も官庁も所謂クリスマス休暇に入って、それぞれ愉しい計画を実行する、旅行好なドイツ人はイタリアとか南仏の暖かいところまで足をのばすものもあり、またアルプスの麓のスキー場にで出かけたりする。家庭ではクリスマス・ツリーを立て一家そろって祝の言葉をのべ、贈物をしケーキを切り、七面鳥や鵞鳥の料理を食べ、ビールやワインの杯を挙げ、レコードをかけてダンスを踊り、賑やかな宵を過す。街のレストランも午後七時には閉めて家庭に帰る。この夜は伯林(ベルリン)の市街も人通りがないくらい静かである。これはクリスマス・イブのことだが、二十五日も同様であるがこの日は、友人を訪ねあったりして愉しむ。

    第二次世界大戦後、日本はキリスト教国でもないのにクリスマスが一般化し、デパート、商店ではクリスマス・セールを大々的に行い、キャバレーや、キャフェは聖樹を飾り終夜飲み踊る様になった。

    (山口青邨編『新装 俳句歳時記 冬の部』(平凡社))

    • 一人来てストーブ焚くやクリスマス 前田普羅
    • くすりやの聖樹見てより道闇く 山口青邨
    • 雪の戸の堅きを押しぬクリスマス 水原秋櫻子
    • 厨房に老いしニグロやクリスマス 安田北湖
    • 眠る児に父母貧しクリスマス 三宅清三郎
    • 黒人の掌の桃色にクリスマス 西東三鬼
    • クリスマスゆき交ひて船相照らす 加藤楸邨
    • 聖樹下やうち伏し眠る荒狂女 平畑静塔
    • 聖夜来るペンキ屋ペンキだらけなり 中島斌雄
    • 聖樹雪へ積みて売る市鳩集ふ 田川飛旅子
    • 柔かき海の半球クリスマス 三橋敏雄
    • いくたびか刃が通る聖菓の中心 津田清子
    • 行きずりに聖樹の星を裏返す 三好潤子
    • クリスマスユダを演じてほめられぬ 岡本眸
    • 犬小屋に扉のなくてクリスマス 土生重次
    • 沖へ出てゆく船の灯も聖夜の灯 遠藤若狭男
    • おほかたは星の子の役聖夜劇 伊藤トキノ
    • 神父老い信者われ老いクリスマス 影山筍吉
    • 聖樹の前看護婦足をあぶりをり 岩崎健一
    • クリスマスパンをくわへし犬に会ふ 大橋場一草
    • 黒衣一列降誕祭の燭遮ぐ 村上麗人
    • クリスマス寒い牛馬黙つて食ふ 中村純子
    • 聖夜なりミナミトリシマ風力10 川上弘美

    *掌=て

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