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    【漱石忌】歳時記シニフィアン

    • 額に耳飾る女や漱石忌 秀雄
    • チェロが鳴り壁の痺るる漱石忌 秀雄
    タコ公園

    【漱石忌】

    十二月九日。文豪夏目漱石(一八六七~一九一六)の忌日。本名金之助。東京生まれ。東京帝国大学英文科を卒業、英国留学から帰国後、東京帝大で教鞭を執る一方、「ホトトギス」に「吾輩は猫である」を発表し、一躍文壇の寵児となった。後に東京朝日新聞社に入り、同紙に多くの小説を発表した。正岡子規や高浜虚子と交流があった。大正五年、宿痾の胃病のため没。作品は「坊っちゃん」「三四郎」「それから」『漱石俳句集』他多数。

    (角川学芸出版編『俳句歳時記 第四版増補 冬』(角川ソフィア文庫))

    • 漱石忌戻れば屋根の暗きかな 内田百閒
    • 書斎出ぬ主に客や漱石忌 長谷川かな女
    • 漱石忌余生ひそかにおくりけり 久保田万太郎
    • うつしゑのうすきあばたや漱石忌 日野草城
    • 悪相の魚の美味なる漱石忌 菅原鬨也
    • 塩羊羹厚切りにして漱石忌 中島真理
    • 新聞に雨の匂ひや漱石忌 片山由美子

    *「百けん」の「けん」の字は機種依存文字のため環境によっては表示がおかしいかもしれない


    12月9日は夏目漱石の忌日。

    忌日ばかり紹介している気がするけど、漱石は特別なので、ご寛恕を。

    ぼくが俳句に関心を持った理由のひとつに、漱石が正岡子規の親友だったということがある。

    少なくとも、数分の一ぐらいは、この理由が占める。

    漱石の小説理論には正岡子規の『俳諧大要』が先行していて、じっさい「吾輩は猫である」は『ホトトギス』に掲載された。

    そんなわけで、俳句も和歌もさっぱりわかっていなかったときから(今でもよくわからないが)、子規の『俳諧大要』は繰り返し読んでいた。

    正岡子規が開始した現代俳句は、宗匠的に制度化されていた「蕉風」の否定から始まっている。

    しかし子規が対決した松尾芭蕉もまた、制度化されていた連歌・連俳を否定して、俳諧を創始しようとしていたのであって、子規と芭蕉には連続性がある。

    芭蕉の俳諧が「蕉風」に堕落したように、子規の現代俳句は高浜虚子によって再び宗匠制度に堕落させられてしまった。

    子規が復活させようとした、俳諧にあった諧謔性は、むしろ夏目漱石が文学に見いだしていたものだった。

    現代でも、たとえば千野帽子が言わんとする事の一部は、生ぬるい俳句の宗匠制度に対抗する意味で重要なことではあるのだが、あれもまた新しいタイプの宗匠制度を生み出そうという無意識の欲望に駆られているように読めてしまう。句会が楽しいのはわかるんだけど。


    漱石忌(仲冬)

    【解説】十二月九日、夏目漱石の忌日。漱石は本名金之助。東京牛込に生れ、東大英文科を卒業して、東京高師・松山中学・五高などに教鞭を執り、英国留学後、東大・一高の講師となった。教職を退いて大阪朝日新聞社に入社し、文筆生活に入る。俳句は子規を知ってより始め没年までつづいた。

    明治三八年に『吾輩は猫である』をホトトギスに発表して文名をたかめ、『坊っちゃん』『三四郎』『道草』『心』『虞美人草』『それから』などの作品をつづいて発表し、ますます文豪としての名をたかめたのである。大正五年、五十歳で没した。

    (山口青邨編『新装 俳句歳時記 冬の部』(平凡社))

    それはともかく、漱石のマイベストはやはり『夢十夜』である。

    漱石を偲ぶなら、トリビュートを書くのがいいんじゃないかな、と思ったので、書いてみた。「第十一夜」、直球のタイトル。

    冒頭の自句、「額に耳」は、この「第十一夜」についての句。

    「チェロが鳴り」は、たんにサカナクションを聴いていたよというほどの句。



    漱石の時代は、当然のように小説家も俳句を書いていて、芥川も太宰も寺山修司も書いていた。

    室生犀星とか、小説家じゃないけど竹久夢二なんかは、特別に良い句を書いている(個人的に好きなだけかもしれない)。

    しかしおおむね、漱石の時代の「小説家の余技」系の俳句は、もうちょっとちゃんと書けばいいのに、と思うようなものが平気で含まれていて、ときどき、う~ん、なんだかなあ、と思ってしまう。

    うまいのはわかるんだけど。たぶん、著名作家の場合は、後年、全集にクソミソ一緒くたに収められてしまうので、そう感じるのだと思う。

    逆に、最近の「俳句も書く小説家」は、なんというか、ガチで書いているような感じがして、これもまた、う~ん、なんだかなあ、と思う。

    ガチで、というのは、うまいっていうことじゃなくて(みんなそれぞれうまいのは確か)、クソ真面目に、というぐらいの意味で。

    藤野可織とか、川上弘美とか。

    好きではあるけど。


    具体的にみよう。

    • 骸骨や是も美人のなれの果 夏目漱石
    • 人に死し鶴に生れて冴え返る 夏目漱石
    • 菫程な小さき人に生れたし 夏目漱石

    「骸骨や」は、いかにも漱石らしい感じがある。

    身も蓋もないというか、そのまんまじゃん、というか。

    諧謔がありありと出ている。

    ぼくの好きな句に、後藤夜半の〈瀧の上に水現れて落ちにけり〉という凄まじい「そのまんま句」があるのだけど、俳句の良さはこういうところにもあると思う。

    「人に死し」は、少し危うい感じもする。「鶴に生れて」は要らないような気もするし、「風流・風雅」に読まれてしまう気もする。

    「菫程な」が問題だ。乙女か。字余りにするほどのことか。

    漱石はスミレが好きだった、とよく評伝には書いてある。が、それは本当だろうか。本当かもしれない。だとすれば、やはりこの句はダメだ。

    じつはそんなにこの句には「思い」は込められていない、としたらどうか。それなら面白いのだが。しかし「文人俳句読み」の間では、あまりに有名になりすぎた。


    他にも〈君が名や硯に書いては洗ひ消す〉とか、ちょっとがっかりする。


    「漱石の時代は」と書いたので、芥川のがっかり句も見ようと探したけど、見つからなかった。

    あえてあげれば〈元日や手を洗ひ居る夕心〉とか。

    がっかりっていうほどでもないけど。

    芥川には、元日に手を洗って欲しくなかったなあ、と思うだけである。


    ふと、漱石って俳句はあんまりうまくなかったんじゃないか、などと思ってしまったが、まだ網羅的に読んだわけじゃないので、判断は保留。

    教科書に載らない漱石句、みたいなところに面白いのがあるかもしれない。

    さっき図書館で川柳の本を立ち読みしていたら、〈愛想なし 行列長し 仕方なし〉という、作者はわかんないけど(素人のものを集めた本だった)韻を踏んでる川柳があった。この句、たんに韻を踏んでいるだけでぜんぜんうまいこと言ってないし、良い句だとは思わない。ただ、〈子規-漱石セリー〉の俳諧は、川柳に受け継がれているのではないかとは思った。

    他にも〈便秘症 飲んでみたいな 正露丸〉のように、上五が「便秘症」になっている様々な句が載っていた。

    「便秘 川柳」で検索したら、浣腸工業会が「便秘川柳」というのを第四回までやっていて、どれも面白かった。

    〈奈良公園 鹿に抱いた 親近感〉というのを見て、なんだこれ? と思い、〈万感の 思いで見送る 長き友〉で、ああ、と気付き、さっきの「奈良公園」もそういうことか! と膝を打つ、みたいな感じだった。そんな漱石忌。


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