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    世界金融危機以前の現代史

    池上

    ■世界金融危機以前の現代史

    昨日、池上彰『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)を買った、と書いた。昨日の書き方だと、ひどく消極的な理由で、偶然、買ってしまったみたいにみえる。けれど、いちおう、理由はある。

    第一に、教育的理由。ぼくが受験生のころは、教科書の範囲では現代史の記述が不足しており、何か一冊、教科書以外に現代史にかんする参考書を読んでおく必要があった。

    当時は、今のように新書マーケット千紫万紅、といったこともなく、新書といえばカッパ・ブックスかKKベストセラーズ(ワニの本)か、といったところで(懐かしいですね)、ぼくが読んだ現代史の参考書も、代ゼミの友人に勧められて買ったカッパかワニか、どっちかのものだったと記憶している。

    2013年新課程の山川出版社『詳説世界史B』を読んでいると、やはり隔世の感が有り、アフガン爆撃からイラク戦争、さらにバラク・オバマのプラハ演説まで記述してある。今の受験生は覚えることがたくさんあって大変だなあ、と思うと同時に、そのぶん記述が薄くなった(ように見える)古代~中世が、前後関係が軽視されたエピソードの列挙に近いものになっており、歴史のダイナミズムがわかりにくく、逆にこれでは教科書離れが促進されてしまうのではないかと余計な心配をしている。

    もちろん、昔から教科書などというものはそういうものであり、昔の教科書はこうではなかった、という記憶の捏造をしている可能性も高い。というか、おそらく、確実にそうである。たぶん。

    ともかく、「歴史の勉強」が、たんにエピソードの年表的な蓄積でしかないのだとしたら、それは歴史を学ぶという営為とは無関係なものであり、そもそも各エピソードの「意味」がわからないのだから、記憶できるわけがないであろう。ヒトの記憶は、意味のないことを覚えられるようにはできていない。

    では歴史において「意味」とは何かといえば、第一義的には「事象間の因果関係」であり、じゃあその因果関係を発見する視座はどこにあるのかといえば、現代である。つまり、今現在生じつつある出来事や、ついさっき生じた出来事、今現在事実とされていることがツリーのトップにあり、そいつが過去の出来事をネットワーク状にぶらさげているのだ。

    なんで第一次世界大戦のことを学ぶかといえば、そりゃもちろん、過去の過ちから学びとって、世界平和の道を探る、みたいなたいそれた意義もあるけれども(このラインでいくならば、各国間の同盟による軍事的均衡に依存した平和の模索は、均衡が崩れた時に破滅に陥る、という教訓が導き出せる)、イスラミック・ステートを名乗る過激派組織(組織的でない組織)は結局「反サイクス・ピコ協定」がやりたいのね、ということが、ISの活動範囲をひと目見ただけで理解できるようになるためである。

    もちろんそれだけじゃないけど、仮にISという現象をトップに歴史をぶら下げてみるなら、第一次世界大戦にはそういう「意味」があったんだな、ということが透視できる、そういう視座を持つことができるようになること、これが歴史を学ばなければならない、第一の理由だ。

    第一の理由を言ったからには第二の理由も言うのだろう、と思わせておいて、非常に脱線していることに気がついたから、言うのをやめて本筋に戻る。

    ぼくが受験生のときに読んだ、タイトルを忘れてしまったけれども、ああいう教科書補完的な現代史のテキストを、今の環境で探すのは難しい。なぜなら、むちゃくちゃたくさんあるから。さっき「新書マーケット千紫万紅」と言ったけれど、あれは出版社が自分で自分の首をしめているようなものだから、やめたほうがいいと思うのだけど、でもまあ、執筆者が書く機会を豊富に与えられるのはよいことなのかな。ぼくも新書書きませんか、っていう依頼が来たら尻尾振って書きますって言うと思うよ。

    池上彰がいいとは思わないけど(単純化しすぎていて一般受けはするだろうけど、受験生には向かないから)、入手しやすいという点では合格。

    あとはどの範囲をおさえているか。

    『そうだったのか!現代史』はもともと2000年に出版されたものが2007年に文庫化されたものだ。ということは、2001年の同時多発テロについても、2007/8年~の世界金融危機についても触れられていない!

    文庫化に際して、加筆はされているけれども、各章のお尻に「その後の~」みたいに書き加えられているだけで、その感覚はちょうどいい!

    何が「ちょうどいい」のかというと、これは本書を買った第二の理由で、イラク戦争と世界金融危機が「まだ到来していない現代史」を読んでみたかった、というのがそれだ。

    なんでそんなややこしいニーズをぼくが持ったかというと、現在あるいは歴史を考える視座として、この2つの出来事が決定的なものであることは言うまでもないことだからだ。たぶん、池上彰の最新刊を読めば、そういう現代史が書いてあるんじゃないかな(と思ってAmazon見たら、戦後70年がテーマだった。まあ、日本がいま、こういう状況だしね)。

    ちなみに、『そうだったのか!』の第1章は「湾岸戦争」がテーマだ。といっても、本書が湾岸戦争以降しか扱っていないということではない。本書のテーマは「冷戦」だ。そして冷戦の終わりを象徴するものとして「湾岸戦争」が本書冒頭で取り上げられている、というわけだ。

    ぼくの文章は、全体が余談みたいなものなので、余談ついでに言っておくと、今年(2015年)の夏の、安保法制にかんするゴタゴタを、ぼくはどちらかというと冷やかな眼でしか見ることができない。

    湾岸戦争のときの日本を反復しているようにしか見えないからだ。既視感しか感じない。

    だいたい、衆議院選挙あったの、去年(2014年)の12月だぜ? 史上最低投票率(52.66%)を記録した、安保法制選挙。忘れたのだろうか。どうして、いま、デモなのだろうか。

    余談の余談ついでにいうと、安保関連法案の中に、「集団的自衛権」という単語は一度も出てこない。ところが内閣も反対派も、「集団的自衛権」の解釈をめぐって延々(議論になっていない)議論をしている。反対派は「戦争法案」とラベリングするけれども、そのラベリングだと国連憲章が「戦争を禁止」と言わずに「武力の行使を禁止」と述べるようになった理由を、見えにくくしてしまう。

    さてクイズです(眠いのでこの文章をここらでやめることにした)。集団的自衛権が生まれたのはいつでしょう?

    答え:1945年(サンフランシスコ会議で採択された国際連合憲章に盛り込まれたのが起源。中南米諸国の要請による)


    2000年以降の現代史は、たぶん『そうだったのか!』のパート2に書いてあるんじゃないかな。おそらく。2007年刊だから金融危機まだだけど。


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