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    チャルディーニ『影響力の武器〔邦訳第三版〕』をまじめにレジュメ化するなら

    water

    いま「2014年に出版された」という縛りで、ブックリストをつくっているということについて、前回も、前々回も書いたとおりなのだけれど、このブックリストから漏れたものについても、いくつか、触れなければならないと思うものがある。

    たとえばロバート・チャルディーニのかの有名な『影響力の武器』の邦訳第3版が、2014年に出た。

    これは原著第5版(2008年)の邦訳にあたる。

    おそらく10年前であれば、『影響力の武器』の新訳が出た、となったらその年のほとんどの読書家のブックリストに入っていたであろうし、出版業界がこぞってニュースにしただろうと思う。

    しかし、今年の新訳はあまり話題にならなかったように感じている。


    この本の、日本のマーケターやパブリック・リレーションズ界隈に与えた影響ははかりしれず、「あー、仕事が進まねーなー」とか言いながらネットの海を漂っていると、「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」とか「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」とかが「購買者に買わせるテクニック!」などと銘打って紹介されている記事に出くわさない日はないほどだ。

    こんなにドア・イン・ザ・フェイスが有名になってしまったら、もう「買わせるテク」としては「使えない」となってもよさそうなものなのだが(そしておそらく「使えない」とみんなが思うようになってしまったがゆえに今年の新訳もあまり話題にならなかったのではないかと思う)、息抜きに「へえ~、おもしろ~い」と読み飛ばすブログ記事としてはいまだに人びとの心を和ませる機能を果たしているのだろう。


    じゃあ今現在「使える」ものとしてはどういうものがあるのか、といえば、よくわかんないんだけど、キーワードとしては「ビッグデータ」とか「データマイニング」とかあたりだろうか。

    この本について、ぼく自身は微妙な感覚を感じていて、「古いなあ」と思う一方、「心理学専攻じゃない大学一年生の副読本に適しているかなあ」とも思う。

    最低限、この本に書いてあることぐらいは常識として社会に出て欲しい、と思う。

    (心理学とか社会心理学とかを専攻するひとはたぶん高校生のときにこれを読んでいる)


    ところでこれが「古い」ということは何か別の新しいものが出ているのかといえば、いちおう、ついこの間まで流行っていたゲーム理論とか行動経済学とかがある、ということになっている。

    で、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンのベストセラー『ファスト&スロー』が、2014年に文庫化されたので、こちらは「ブックリスト」に入れようと思っている。

    じゃあ、まったく異なることが書かれているのかといえば、そう突っ込まれると口ごもってしまう。

    『影響力の武器』も『ファスト&スロー』も、キーワードは「判断のヒューリスティック」だ(カーネマンは「認知的錯覚」とか「認知的バイアス」と言っている)。

    ヒューリスティックの身近な例をあげると、「福島の野生動物が奇形に!」みたいな情報から、すぐに「福島は放射能で汚染されているからだ!」という「誤った推論」にとびいたり、あるいは、「福島の子どもの甲状腺がんが増加した!」みたいな情報から、すぐに「放射能汚染の影響だ!」という「誤った推論」を導き出したり、あるいは2011年に鼻血がでたことから「被曝の影響だ!」と誤解してみたり、といったようなものがあるだろう。


    どちらも「人間というものは、合理的にもロジカルにも意思決定をしない。愚かな機械的・動物的判断をしてしまう面が、少なからずある」という主張をしている。

    そんなことは言われなくても誰でも知っていることだろう、と思うかもしれないが、心理学とか社会心理学とかマーケティングとかの一般向け図書がベストセラーになるかどうか、ということについていえば、いかに「そういう愚かさ(非合理さ)、あるある!」と読者が思えるエピソードで満載の本にするか、という点にかかっている。

    で、たぶん、「あるある!」度でいえば、どちらもいい線いっている、と思う。エピソード例の豊富さや分析の詳細さでいえばカーネマンの圧勝で、時間のない人が気軽にサクッと読み終えたいのであればチャルディーニが優っている。

    索引がついているという点ではカーネマンが副読本向きだし、網羅性の点でも優っている。キーとなる「原則」を6つに絞ったという点で、チャルディーニはわかりやすさの点で優っている。


    ところでこの記事のタイトルを「まじめにレジュメ化する」としてしまった。

    『影響力の武器』自体がレジュメのような本なのに、これ以上どうやってレジュメ化するのか、とこの文を書きながら悩んでいる。

    まず目次を見よう。

    • まえがき
    • 第1章 影響力の武器
    • 第2章 返報性
    • 第3章 コミットメントと一貫性
    • 第4章 社会的証明
    • 第5章 好意
    • 第6章 権威
    • 第7章 希少性
    • 第8章 手っとり早い影響力

    まず「まえがき」において、チャルディーニの「6つの原則」が紹介される。すなわち「返報性」「一貫性」「社会的証明」「好意」「権威」「希少性」。目次からわかるように、これらの原理が第2章から第7章にそれぞれ対応している。

    なお、「物欲の原理」つまり「利益を最大化し損失を最小化したい」という原理は、「言うまでもない要因」であるという理由で、記述しないとしている。


    第1章で、チャルディーニは「カチッ・サー」と「コントロールされた反応」を区別している。

    「カチッ・サー」とはなにか? これはテープレコーダーの再生ボタンを押す音が「カチッ」で、テープが流れる音が「サー」なんだそうな。歴史を感じますな(『影響力の武器』の原著初版は1985年で、若い読者はカセットテープを見たことがないだろう)。

    いうまでもなく「カチッ・サー」は「判断のヒューリスティック」を利用した自動的な反応、動物のような、機械のような反応であって、これを利用して、マーケターは物販しているというわけだ。

    なお、カーネマンの『ファスト&スロー』でいうところの「ファスト」なシステムが「カチッ・サー」に対応しており、「スロー」なシステムが「コントロールされた反応」に対応している。

    この対応関係において両者は似ているけれど、態度において異なる。

    チャルディーニは、『影響力の武器』を読みさえすれば、狡猾な訪問販売員を撃退することができる、と楽観視しており、この邦訳第3版(原著第5版)には読者からのレポート(こんなふうに本書を活用しましたレポート)がたくさん掲載されている。

    一方、カーネマンは、ファストな思考に人間が抗うことは可能か、という問いに、実に悲観的な見解を述べている。


    次、第2章。返報性の例として、かの有名な「ドア・イン・ザ・フェイス」が紹介される。邦訳では「譲歩的要請法」となっている。

    返報性つまりreciprocityは、社会学などでは「互酬性」と訳されるが、マルセル・モースの『贈与論』の新訳が2014年、岩波文庫から出ているので参照されたし。

    語感が似ているから、「ドア・イン・ザ・フェイス」と「フット・イン・ザ・ドア」は、同時に並べて紹介されることが多いけれども、チャルディーニはまったく異なる「原理」のもとに分類しているという豆知識をここで得ておこう。


    次、第3章。一貫性といえば、もう、社会心理学の立役者たるフリッツ・ハイダーの世界になるわけだが、認知的斉一性理論とかの社会心理学におけるバイアス研究がここで紹介される。「フット・イン・ザ・ドア」もここに分類される。邦訳では「段階的要請法」となっている。


    第4章。社会的証明は一貫性にかなり近いもののはずで、フェスティンガーの認知的不協和理論はこちらで紹介される。教祖の予言が外れた場合、信者の信仰心が強まるという有名な例。

    また、「集合的無知」については、最近も地下鉄の火事で「他の人が逃げていないからたぶんそんなに被害は大きくない」と皆が考えてしまうということが起きたので、誰もが知っておくべき心理メカニズムであるだろう。


    第5章。好意を使うと、売れる、という当たり前の話なのだが、ここにあの「ハロー効果」が分類される。そして「好意の使い手」を「丸め込みのプロ」と表現しているのもおもしろい。エピソードとしては、デトロイトの(歴史を感じますな)車のショールームでの販売員ジョー・ジラードが「好意のルール」を用いて年間20万ドル以上も稼ぎ出して12年連続「ナンバーワン・カー・セールスマン」に輝いた例。

    そういえば、この「好意」の章のサブタイトルは「優しそうな顔をした泥棒」である。


    第6章。権威の章に「ハロー効果」を分類してもよさそうなのだけど、ここでメインに紹介されるのがミルグラム実験である。社会心理学の学部生向け教科書には必ずミルグラム実験の要約が掲載されているけれど、本書のようにミルグラム実験の本質を丁寧に紹介しているものは他にないだろうから、そこだけでも本書は役に立つかもしれない。ミルグラム実験は一般的にはこう紹介されている。「研究者(ボス)役」「罰を与える役」「罰を受ける役」の3者が登場人物で、「罰を与える役」だけが「被検者」(つまり「サクラ」じゃない)である。これは「研究者役」の「権威への服従」を実証する実験であった、と。ここまではよく紹介されているところなのだが、ミルグラムは、「研究者役」と「罰を受ける役」の立場を交換した実験も行っている。つまり、「電流を与えることを続行せよ」という命令が「研究者役」からなされる場合(第1の実験)は被検者は電流を与え続け(その間、被検者は苦悩し続けながら服従する)、「罰を受ける役」がその命令をして「研究者役」が中止を命じた場合(第2の実験)、全員が「研究者役」の命令に従った。この第2の実験を紹介しているのが、本書のポイントのひとつかもしれない。


    第7章。希少性ももはや当たり前のことに属すると思われるけれど、オークションのトリックがどうなっているのか、という説明は、ヤフオクとかeBayとかが流行っている現代の市場にぴったり合うように思う。


    第8章。現代社会は選択肢が過剰だから、ますます「カチッ・サー」の社会になっているよ、という話。



    まとめ。『影響力の武器』を読んだことがない人はまずこっちを読んでから、『ファスト&スロー』に進むとスムーズだろうと思う。時間がない人は『ファスト&スロー』だけでよい。さらにもっと時間のない人は『影響力の武器』。



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