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    柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』(1)について

    glass

    『いぬ』や『花園メリーゴーランド』などでカルト的人気を誇る柏木ハルコが、なんでまた? と問いたくなるような、「社会派」の作品を描き始めた。

    新人公務員の主人公が、福祉事務所で生活保護のケースワーカーとして奮闘する。

    日本の生活保護をめぐっては、現時点で、主に2つの言説がある。

    (1)「捕捉率」の異常な低さへの批判を筆頭に(じっさい異常に低い)、行政の怠慢を批判する言説(リンクは鎌倉市役所が生活保護申請窓口を封鎖しているというお話し)。

    (2)「生活保護の不正受給」という言葉に代表されるような、民度の低い(=頭の悪い)社会保障(social security)に対する無理解。

    (1)は「行政の対応は不十分だ」というものであり、(2)は「行政は過剰に対応している」というものだ。どっちやねん。

    こういう板挟みの状況の中で、現場のケースワーカーは何を思うだろう? という疑問に答える作品、かもしれない。現場への取材が非常に徹底しているので。


    描写は非常にたんたんとしている。

    熱血ケースワーカーがガンガンアウトリーチして弱者を救う、といったステレオタイプではない。

    いかに(現場の)行政が冷酷で怠慢であり官僚主義に汚染されているか、といったステレオタイプでもない(そういう登場人物は出てくる)。

    様々なケース(本来は複数形のcasesを用いなければならないはずだ)を前にして、福祉のことなど考えたこともない新卒地方公務員が『生活保護手帳』片手に悪戦苦闘する姿を、強くも弱くもない筆致で淡々と描いている。

    そこに好感が持てる。

    「現場はこんなにいい人ばかりではないよ」という声もあることは十分承知だが、「現場はもっと真剣に、ときには深刻に悩んでいるよ」という声もあることを忘れてはならない。

    タイトルの「健康で文化的な最低限度の生活」は、当然ながら日本国憲法第25条1項からの引用だ。

    ちなみに、同条第2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」というものだ。これが生活保護法のいくつかの原理のうちのひとつ「国家責任の原理」の根拠になっている(のだと思うけれど違ってたらご指摘ください)。


    生活保護にかんしては、そもそも国会での審議が不十分だという問題がある。

    現行の生活保護法の成立が1950年で、以後毎年改正されているが、「通達」は厚生労働省が出している。さらに実施機関は地方公共団体である。また、記憶にあたらしいところだが、2005年には、「三位一体改革」の一環として、国と地方の負担割合を従来の3:1から1:1に変更するという議論もあった。

    自民党の片山さつきが「福祉依存」を批判する論陣を国会で繰り広げたのも忘れられない香ばしい思い出である。

    かように「国家責任の原理」はそもそものはじめから打ち捨てられている。

    ようするに行政への国の責任の丸投げである。現場が疲弊すれば行政遂行水準も落ちる。

    うんぬん。

    などと一般論をいってみても本作品の魅力は伝わらない。

    いくつか引用しよう。

    主人公である義経えみるが、勤務初日に、電話を受ける。

    phone

    で、ちょっとネタバレをすると、電話をかけてきた人は、じっさいに死ぬ。

    こういう「ケースワーカーあるあるネタ」を、悲壮感漂わせたり、ドラマチックに描いたりすることなく、淡々と「ひとつのエピソード」として流していくところが、この作品の特徴でもある。


    生活保護を受ける人びとはどう描かれるか。

    まだドラマがスタートしない序盤ということもあり、少々ステレオタイプな、「ケースワーカーいるいるこういう受給者ネタ」が続くのだけれど、なかでもありがちな2人が印象的だった。

    一人目が、「ほんとうは働ける状態じゃないのに気を張り詰めてしまう頑張り系シングルマザー」。

    single mother1 single mother2

    もうセリフから、「ああ、この人は真っ先に脱落する人だな」とフラグ臭をプンプン漂わせていますが。じっさい脱落します。


    二人目が、「自己責任おじさん」。生活保護費を受給しているはずなのに、ろくに食事もとっていないことから、借金が発覚する。

    debt

    「自己責任」という言葉は、社会保障に対する理解が乏しい層から頻繁に出てくる言葉だが、同じ言葉が、生活保護受給者当事者をも束縛している。

    日本という「悪い場所」を象徴している事態ではないだろうか。

    一人目に挙げた「頑張り系」のシングルマザーも、メンツや体裁や外聞や世間様の目、のような古代・中世的な共同体感覚に拘束されて、主体的な思考ができない状態になっている。

    これらの人びとを、愚かだと切り捨てるのは容易いが、同じ愚かさを、「生活保護の不正受給」を糾弾する、自民党の票田になっている、田舎の中小企業のオヤジにありがちなメンタリティに内在していることはかんたんに見て取れるだろう。

    なにしろ「一杯のかけそば」が美談になり、災害に際してよりにもよって「絆」などと言い出す国民なのだから。


    まだストーリーが始まっていないので、評価をするのは難しいが、次巻を期待したい。

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