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    合格する入試小論文を書けるようになる:week4

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    第4回。

    前回、とても長くて、読み終えるのに一苦労するような「まとめ」を書いた。

    じゃっかん、使っている言葉も、文章の論理も、難しかったかもしれない。

    でも安心して欲しい。

    前回が、この50回予定の連載のなかで一番難しいことを言っているのだ。

    もちろん、これからさまざまな【知識】(前回出てきた重要なキーワードだった)を積み上げていくため、今の段階では「難しい」と感じるようなトピックも扱うことになる。

    しかし、【知識】というものは、じょじょに積み上がっていくものなのだ。

    いずれ、「ネーションにとってメディアが果たした役割を論じなさい」のような「小難しい」トピックも、「簡単」に感じられるようになる。


    もうひとつ。

    前回の「問い」は、難しいものだった。

    はっきりいって、この50回予定の連載で出される「問い」で、一番難しい。

    前回の「問い」をこなしていれば、はっきりいって、「前半終了」といってもいいくらいだ。

    それぐらい、前回までの3回は、重要なことを言っている。

    今後、小論文の学習を進めながら、迷うことがあれば、ぜひ第1回から第3回までを振り返って欲しい。


    今回も、前回同様、「前回の問いの解答解説」が、問題文となる。


    レッスン4


    問題4:次の文章は「レッスン3」の続きの文章である。これを読んで、あとに続く問いに答えなさい。


    前回の冒頭で、「まとめ」をした。

    もう一度やっておこう。

    まず、小論文に必要な要素とは【論点】【結論】【論拠】、この3つだった。

    これ以外の要素があったら減点の対象になるとまで言った。

    さらに、小論文で得点差がつくのは【論拠】であるという、きわめて重要なことも述べた。

    そして、【論拠】を高い水準に練り上げるのは【知識】であるとも。


    じつは「小論文」にかんして、皆さんに伝えたいことは、以上で終わりである。

    だから、「全3回の連載、ご愛読ありがとうございました」で終わってもよかったのだ。

    しかしまあ、それではいかにも不親切だから、もう少し先に進むことにしよう。


    前回の問いは次のようなものだった。

    問い:「新卒一括採用」という単語をさまざまな文献やインターネットで調べたうえで、自由に「論点」を設定しなさい。また、それについての意見(結論)も書きなさい。またその論拠も書きなさい。それぞれ、20字以上、200字以内とする。

    この問題は、さまざまな小論文の出題形式に対応できるものだ。

    小論文の出題形式にはさまざまなものがある。

    もっとも一般的なものが、

    「次の文章を読んで、筆者の意見を400字以内で要約しなさい。また、筆者の意見に賛成か反対か、あなたの意見を600字以内で書きなさい」

    といった形式だ。

    この形式は、

    • 【論点】については別の執筆者がすでに設定している
      • ただし、それを正確に読み解けているということを「要約」によって証明しなければならない
    • 【結論】は賛成か反対かを述べればよい
    • 【論拠】について、600字のうち90%、540字を使って述べる必要がある

    という特徴を持っている。

    「540字」としたのは、たとえば、最後の【結論】は次のようになるだろうからだ。

    「したがって、筆者の言う●●●●●●●●●●という意見には反対である。」

    これで34字。●の文字数を10にしたが、20になるかもしれない。

    いずれにせよ、60字ぐらいの短い一文で、【結論】を述べればよいことになる。残りの文字数を、【論拠】を述べるのにフル活用しよう。


    次に多い出題形式は、「次の文章を読んだうえで、あなたの意見を800字以内で述べなさい」というものだ。

    これが一番厄介だ(前回の「問い」はこの形式に近い)。

    • 【論点】は自分で設定しなければならない
      • かといって好き勝手に選んでよいわけではない。問題文を読んだうえで、関連性のある論点を設定しなければ、「読めていない」と判断されていしまう
    • 【結論】もどのような述べ方になるのかは、論点しだいということになる
      • 自信がなければ「賛成か反対か」で答えられるような論点を設定するべきだろう
    • 【論拠】にたくさんの文字を使いたいところだが、バランスが必要だ
      • まず「問題文をきちんと読み解けていますよ」ということを証明するような【論点】を書かなければならない。必然的に、ちょっとした要約を書くことになる。これに10%、つまり80文字ぐらい使う
      • 次に改行して(段落を改めて)、【論拠】を書く。これに80%、つまり640字程度使う。2段落にするのが王道だろう
      • 最後に【結論】を書く。賛成か反対かなら短くてよいが、そうでなければもっと長くなる。いずれにせよ10%ていど、つまり80字使う。

    次に多い出題形式は、「●●についてのあなたの考えを書きなさい」というものだ。問題文も何もない。【知識】と【論拠】だけで勝負、といった出題だ。【論点】は問題文で指示されている。


    さて、前回の問いに戻ろう。

    前回の問いは、【論点】【結論】【論拠】をすべて自分でつくりださなければならない出題だ。

    その意味で、あらゆる出題形式のなかでももっとも「めんどくさい」。

    だから「さまざまな小論文の出題形式に対応できる」のである。


    まず、キーワードである「新卒一括採用」について、どのぐらいのことがわかっただろうか?

    Wikipediaの「新卒一括採用」をみると、冒頭に次のように書いてある。

    新卒一括採用とは、企業が卒業予定の学生(新卒者)を対象に年度毎に一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定を出し、卒業後すぐに勤務させるという世界に類を見ない日本独特の雇用慣行である。

    じつはちょっと「おまけ」して、「新卒一括採用」というキーワードは、Wikipediaの項目名からひっぱってきた。どうせ君たちは、まずGoogleで検索するのだろうから。


    余談になるが、Googleを使うことさえ思いもよらなかった、という人はどういう人だろうか。知っているからあえて調べなかったのだろうか。それならば、まあよいのだが(しかしそのような人はこの文章を読む必要はないだろう)、もし「新卒一括採用」という言葉の定義を知らずに、Google検索さえしなかったのだとしたら、ちょっとそれは、問題だ。

    中学や高校には「情報」の授業があったと思うのだけれど、まじめに「情報」の授業を受けていなかった、ということになってしまう。大学入試では、入試科目に「情報」がなかったとしても、Googleで調べればすぐにわかる程度の知識は「当たり前の前提」として問われる。大学に入って、なによりもまず重要になるのが、いまはITリテラシー(パソコンとインターネットを使った情報収集および整理能力)だからだ。

    もちろん、皆さんが習ったように、インターネットで入手可能な情報は、玉石混交だし、Wikipediaも嘘でいっぱいだ。だから「一次情報」にはなりえない。「一次情報」とは、「正統性(orthodoxy)のある真正情報」ぐらいの意味だ。デカルトについて論じようと思ったら、デカルトの著作がまず「一次情報」になる。「デカルトについて書かれた文章」が「二次情報」ということになる。Wikipediaで得られる情報は「二次情報」だ。

    しかし、あなたが文章を書くということは、その文章を使って、あなたがコミュニケーションという「社会」に飛び込んでいく、ということを意味する。

    いま「社会」とよんだ「コミュニケーション」とは、「二次情報」の海なのだ。デカルトについて論じるとき、デカルトの著作だけ読んで、勝手に論じても、誰も相手にする人はいない。「他の人が、デカルトについて、どのように論じているのか」を知らなければ、コミュニケーションにならない。「コミュニケーションがしたいんじゃない、デカルトについて論じたいんだ!」と喚こうとも、「だったらチラシの裏にでも書いて引き出しにしまっておけ」と諭されるだけだ。

    まあ、Wikipediaは、そんなに重要な情報源ではない。繰り返すようだが、間違った情報にあふれていて、信用できない。しかし、「信用できない」と判断できるのはどうしてか。「本当の情報」を知っているからだ。「本当の情報」さえ知っていれば、Wikipediaの記事のどこがどう間違っているのか、きちんと説明できる。また、「本当の情報」を知らなかったとしても、「これってほんとう?」と思ったときに、「本当の情報」を探しに出かけることができる。これが一番重要なのだ。


    余談が長くなった。

    「新卒一括採用」は、一般には「新卒採用」とか「定期採用」とよばれている。

    Wikipediaの「新卒一括採用」の記事にすぐにたどり着けるように、そのように指定したというわけだ。

    冒頭の定義を読んで、驚いた人もいれば、まるで驚かなかった人もいるだろう。

    もう一度読む。

    新卒一括採用とは、企業が卒業予定の学生(新卒者)を対象に年度毎に一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定を出し、卒業後すぐに勤務させるという世界に類を見ない日本独特の雇用慣行である。

    高校や大学を卒業するころに、学生が「就職活動」をして、企業の求人情報を集め、就職試験を受けて、「内定」をもらい、あくる春には「新社会人」としてデビューする――驚いた人は、こうしたありふれた光景が世界に類を見ない日本独特の雇用慣行だということを知らなかったのではないだろうか。

    ここには大事なことがふたつある。

    1. 新卒一括採用を行っているのは、世界中で日本だけである
    2. たんなる「慣行」つまり習慣にすぎず、きっちり決まった「制度」ではない

    「雇用」とか「労働」とかの問題は、学生全員にとっての問題だから、ここで少しだけ情報を提供しよう。

    今現在、地球上にはたくさんの国や地域や文化圏があって、その中には、出身階層によって職業があらかじめ決められてしまっている場所もある。それはそれで「人権問題」ではあるけれども、「労働問題」「雇用問題」ではない。ここで問題になるのは、「職業選択の自由」が法的に認められている「自由主義」の国々の問題だ。

    日本以外の自由主義の国では、どうしているのだろうか。

    まず、企業=会社という事業体がある(公務員などの場合は「企業」とはいわないが、事業体であることにはかわりがない)。事業体は、「サービス」を売って、「金銭」を受け取る。これが「売上」になる。この「売上」から、販売にかかった「コスト」を差し引いて、「利益」を得る。これが資本主義社会の原則だ。「利益」がなければ、その企業は存続できない。利益がない、とは「赤字」のことだ。利益がマイナスになったら、借金が増えて、さらにその借金さえ返せないのだとしたら、誰も得をしないどころか、損ばかりが増えてしまう。だから利益が出せない企業は、いわゆる「倒産」ということになる。倒産させなければ、誰かが損するからだ。

    なにを当たり前のことを言っているんだ、馬鹿にしているのか、と思ったかもしれない。うん、まあ、この辺は誰でも知っている常識だし、ここまでは日本も同じだ。

    じゃあどこが違うか。

    日本以外では、まず「職」がある。事業体というのは、目的を同じくする人の集合だ。ここでいう「目的」の第一は、利益を出すことである(「そんなことない」という経営者もいるだろうけれど、利益がなければ存続できないのだから、まず第一の「前提」といっていいだろう)。

    第二の「目的」は、「どのようなサービスを社会に提供するか」という部分にある。たとえば、ネジ工場があったとしよう。ネジ工場で働く人は、お酒を売りたいわけでも、オムツを売りたいわけでもない。ネジを売りたいのだ。他の何かではなく、ネジこそ、売りたいものなのだ。その意味で、ネジ工場で働く人は、ネジというサービスを、社会に提供することを、目的として集まっている。「お酒でもオムツでもなんでもいいや」という人は、ネジ工場では働かない。ネジ工場は、「よりよいネジ」を作りたいと思っている人の集まりだ。

    もちろんこれは話を極端にしている。ネジ工場にも、経理という職があって、経理担当の人は、扱っている商品がたまたまネジだっただけであって、そんなにネジに思い入れはないかもしれない。

    さて、このネジ工場の従業員のうちのひとりが、職場を離れたとしよう。他のもっと成績の良い工場に引きぬかれたのかもしれない。あるいはネジに興味を失ったのかもしれない。いずれにせよ、その人がネジを作る優れた職人だったなら、この工場は困ってしまう。「人手が足りない」という事態に陥るからだ。

    そこで「求人」が出る。

    この工場は、どのような求人を出すだろうか。当たり前だが、「ネジを作るのが得意な人を募集」という求人を出すだろう。「お酒をつくるのが得意な人」とか「オムツをつくるのが得意な人」という求人は、おそらく出さないだろう(もしかしたらオムツのつくりかたに、ネジづくりの秘伝が隠されているのかもしれないが、そのようなことはここでは省略する)。

    このような雇用制度を「ジョブ型」という。かんたんにいえば、「職」がまず存在し、その「職」に必要なスキルもある程度決まっており、どのようなスキルの持ち主が面接に来たら「採用」となるのか、求人を出す側は知っている。

    これが世界の常識だ。


    日本は違う。

    高校や大学を出たばかりの(新卒採用の場合は、まだ在学中だから、出ていないのだが)人が、ネジを作るのが得意である可能性は低い。工業科の高校や、大学で力学や工学を専門に学んできた人なら将来性が見込めるが、商業高校で簿記を学んだとか、大学でシェークスピアを研究したという人が、すぐにネジをつくれるようになるはずがない。不可能だとはいわないが。少なくとも、職場を離れていったネジ職人の穴を埋めるには、力不足であるのは確実だ。

    「そんなこと言わないで、とりあえず採用して、丁寧にネジづくりを教えていったらいいじゃないか」とあなたが思ったとしたら、「日本教」という宗教に洗脳されている証拠だ。

    じっさいに日本がやってきたのは、そのような「とりあえず採用」なのだから。

    「ジョブ型」に対して、日本の雇用は「メンバーシップ型」という。じつはこれは、会社の雇用に限らず、日本社会にひろく見られる文化慣習なのだが、それはここでは置いておこう。

    まず新卒一括採用で、「うちの会社にふさわしい人」を「とりあえず」入社させる。かんたんにできる適当な「職」をあてがって、作業させながらスキルを習得させていく。職についてから訓練するため「オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)」という。

    「ふさわしい人」って、どんな人だろう。

    社風に合う? 社風とは、その会社組織の中の「文化」のことだ。しかし、社風とは、会社のメンバーによって違ってくるのではないか? 事業体としては同じでも、メンバーが半分ぐらい入れ替わったら、組織文化なんて、変わってしまう。 

    まじめに働く人? まだ働く前から、まじめに働くのかどうか、どうやってわかるというのか。

    能力が高い人? なんの能力? そもそもネジづくりの能力が必要だったんじゃないの? だったら就職試験でネジづくりをさせて、一番うまかった人を採用すればよい。成長の可能性? 成長するかどうか、入社前になんでわかるの? 潜在能力? だからそれをどうやって知るの?

    じつはこれには、一定の答えが出ている。「学歴」である。大学を卒業したばかりの新入社員は、たしかにネジのことをなにひとつ知らない。しかし、スキルを身につける能力とは、いいかえれば学習能力のことである。したがって、これまでに学習能力の高さを証明してきたならば、それを参考に、採用を決めればよい。学習能力の高さを証明するものとは? 日本では、「学歴」がそれにあたる。


    ところで、日本は、そんな感じで、諸外国とは違うやり方でやってきて、おかしなことにならなかったのだろうか。また逆に、日本がおかしなことにならなかったとしたら、諸外国は問題にならなかったのだろうか。

    これも答えを言ってしまおう。日本も、諸外国も、おかしなことになってしまった。ただし、異なる問題が浮上した。


    「高度経済成長」という言葉を聞いたことがあるだろう。おおよその先進国では、第二次世界大戦後にこれを体験した。

    この時期には、「ホワイト・カラー」と呼ばれる職種が増加した。いわゆる「第三次産業」が成長し、「第一次産業」従事者がさらに減った。「さらに」というのは、高度経済成長の前に「工業化」があり、その時期に、ほとんどの国で、「第二次産業」が成長し、「第一次産業」従事者が減っていたからだ。

    ちなみに、「第一次産業」と「第二次産業」に従事する人のことを「ブルー・カラー」という。彼らは作業着を着て仕事をするから、その作業着の色(青い作業服)の襟、という意味で、「ブルー・カラー」とよばれる。「第三次産業」に従事する人のことを「ホワイト・カラー」という。白いシャツを着ているから、襟の色もホワイト、というわけだ。またの名を「デスクワーカー」という。机に座って仕事をするから。


    この「高度経済成長」の時代には、どんどん従業員を増やした。諸外国では、ほんとうはスキルがある人を雇いたいのはやまやまなのだけれど、とにかく人が足りないから、「若者」を雇用した。日本では、「新卒一括採用」を雇用慣行にして、なんにも知らない、なんにもスキルがない「学校を卒業する前の若者」と「内定」という契約を結ぶようになった。

    ご存知のように、「高度経済成長」は1970年代のオイルショックで終わりを遂げる。

    「バブル経済」のような、一時的なお祭り騒ぎはあったけれども、基本的には、高度経済成長の終わりによって、【現在問題になっている雇用問題】が浮上した、と考えてよい。「現在問題になっている」とわざわざことわるのは、それ以前は、慢性的に、どこでも仕事が足りなかったからだ。失業者は多く、雇用されてもボロ雑巾のようにこき使われたのが「労働者」というものだった。


    では「現在問題になっている雇用問題」とはなにか。諸外国では、「若者の雇用」である。諸外国では「ジョブ型」の雇用制度であるといった。会社は、まずスキルのある熟練(ベテラン)労働者を大切にする。スキルの足りない若者を雇う余裕はない。だから、日本以外では、若者の失業者が増えることが「雇用問題」だったのだ。

    一方日本では、「中高年の雇用」が問題になった。「年功序列制」という言葉も聞いたことがあるだろう。日本の会社は、スキルのない、すなわち給料の少ない若い人を入社させる。これは逆に言えば、勤続年数の長い、あるいは社会人経験の長い、年長者の給料が高い、ということを意味する。年齢が高くなるほど給料も高くなっていく。そのような制度のもとでは、中高年が「会社のコスト」になる。「リストラ」という言葉も聞いたことがあるだろうが、日本では、景気が悪くなると、まず給料が高い、中高年の失業者が増えるのだ。


    かくして、諸外国も日本も「雇用問題」を抱えるようにはなったけれども、諸外国では「若者の雇用」が問題になったのに対して、日本では「中高年の雇用」が問題になった。このように、対称的な構図になっている。


    近年、日本でも「若者の雇用問題」をよく聞くようになった。「就職氷河期」という言葉もよく聞く。「失われた10年」あるいは「失われた20年」は聞いたことある?

    文字通り、1990年代から2000年代の20年間だけ、日本では「若者の雇用」が問題になったのだ。この時期に大学を卒業した人たち――20代後半から40代後半――の多くが失業者か、あるいは正規社員として雇ってもらえない。他方で、2014年度新卒の大学卒業生たちは、「売り手市場」で、「内定辞退」が相次いだ。

    会社で採用を担当するのは人事という部署だが、採用という活動――職を探す側が「就職活動」するように、企業側は「採用活動」する――には莫大な費用がかかる。それだけの費用をかけて、せっかく学生に「内定」を出したのに、「お断り」のメールが届くのだから、たまったものではない。これもまた、「日本に特殊な雇用問題」として最近浮上している問題だ。



    「ちょっとだけ情報を提供する」といっておいて、とてもたくさんのことを述べてしまったが、いちおう、重要な情報なので、知っておいて欲しい。

    社会科学系の大学では頻出問題だし、そうでなくとも、社会的な一般常識として、どこの大学でも出題される可能性はあるから、知っていなければならない。


    問い:「新卒一括採用」という単語をさまざまな文献やインターネットで調べたうえで、自由に「論点」を設定しなさい。また、それについての意見(結論)も書きなさい。またその論拠も書きなさい。それぞれ、20字以上、200字以内とする。


    回答例を示す。

    【論点】日本の「新卒一括採用」は、現時点でさまざまな弊害をもたらしている。どのような雇用制度が望ましいだろうか。(52字)

    【結論】まず新卒者が余裕をもって就職活動でき、かつ企業側が無用な負担を強いられないように、新卒一括採用を法的に規制すべきだ。さらに、「若い中高年」のセーフティ・ネットになりうる公的なジョブトレーニング制度を整備するべきだ。また、「若くない中高年」が「ジョブ型」の労働市場での移動能力を増加するためにも、多様できめ細かいジョブトレーニング制度を活用できるようにすべきだ。(180字)

    【論拠】日本の特殊な雇用慣行である新卒一括採用は、高度経済成長の惰性で行われているだけであり、時代にそぐわないため、介入が必要だ。具体的には、あらゆる面でのマッチングがうまくいかなくなっている。強迫観念のように就職活動をする新卒者、大学院を出ても派遣やアルバイトしか職がないロスト・ジェネレーション、ジョブ型労働市場に適応したくとも方法がない中高年。すべての労働者にとって、不幸な事態である。(192字)


    あまりうまい回答ではないけれど、いつものように文字数の関係で、あまり深いところまでは論じることができない。

    だからこそ、ここで大事にしたいことがある。

    「論点」と「結論」は《呼応》の関係にあるという法則である。

    論点が「ジョブ型の雇用制度への移行に賛成か反対か」であるのに対して、結論が「新卒一括採用はやめるべきだ」となっていては、「聞かれたことに答えていない」ことになる。

    「論点」と「結論」は、一対一の対応になっている。論点が「賛成か反対か」なら、結論は「賛成」または「反対」でなければならない。


    「問い3」に、あなたが「論点」と「結論」が呼応している回答を書いたならば、とりあえずそれで「正解」である。


    問い4:上の文章を読んで、「論点」を10以上考えなさい。文字数に制限はない。


    課題


    いつものように、「読めない漢字」対策。それから「意味を知らない言葉」対策。

    もし、今回の文章を読んで、雇用問題について興味がわいたら、濱口桂一郎『若者と労働』を読んでみるのもよい。

    「要約」に自信がなければ、現代文で出題される評論文を要約する練習をするとよいだろう。どの程度のレベルの評論文がよいかは、各自判断して欲しいが、もしセンター試験レベルで「難しい」と思うようであれば、『田村のやさしく語る現代文』あたりからはじめる。それでも難しければ、中学生用の国語の問題集を使う。





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