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    宮沢賢治と初音ミク

    宮沢賢治と初音ミク

    本日2014年8月31日は、現在世界でもっとも有名な日本のポップアイコン・初音ミクの誕生日である。正確には2007年8月31日に発売されてから7年たった、ということなのだが、毎年この日には「生誕祭」が行われる(らしい。今年はじめて知った)。


    今年は初めてぼくも「生誕祭」に参加した。といっても、「本家」であるニコニコ動画での新曲による参加ではなく、過去発表曲のDailymotionでの「V-Day」への参加だが。


    Dailymotion - mikuflo


    なぜいきなり宮沢賢治の名前がここで出てくるかというと、ここ1年ぐらい宮沢賢治のことを調べながら、この「ふたり」のおかれた状況が、極めて似通っていると感じるからだ。


    いずれも(1)保守的な方向に収斂して行き、(2)決定的な「批評」を回避することで生き延びている。

    (2)の「批評の回避」とは、対象と解釈主体の関係が、私的に閉じているということだ。賢治で言えば「私と賢治」というような評論(というより感想文)を大量に生産し、初音ミクでいえば「私にとっての初音ミク」という言説しか実質的に許容されない、という事態である。

    ここでいう「言説」とは、「P」が創り出す音声データや動画、視聴者によるコメント投稿、マイリスト、再生数、イラストを主軸とした二次創作などすべてを指す。


    この「私的な閉じ」の磁力は力強く、ぼくじしん、こう書いていて、私的な関係性を書きはじめたくなってしまう。

    これはぼくにとっては、初音ミクに関してはそうだ、ということだ。宮沢賢治に関してはまるで思い入れが無いため、比較的自由に書くことができる。

    初音ミクについても、ぼくはまるで「思い入れ」がない、と思っていた。キャラクター的な消費にはまったく関心がないし、「保守的な方向への収斂」によって、完全に無縁なものになった、と思い込んでいた。


    初音ミクの「保守性」は発売から1年目にはすでに論じられていた。つまり「なぜ〈音〉でなく〈声〉として受容するのか」、いいかえれば「結局、ソフトウェア・シンセサイザーとしてではなく、〈声〉を換喩とした人格の現前性に頼っているだけではないか」といった議論だ。


    谷口 (略)ブームの下地があるのはわかるしそれはいいんですけど、ここまで注目しようという理由がまだよくわからない。つまり、音という観点からすると、初音ミクの受容のされ方は非常に保守的だと感じているんです。さっき伊藤さんが姿のないキャラの使い方がたまに見られるという例を挙げましたけど、逆に言えば、絵がないとキャラとして認められないということじゃないかと。

    (略)

    谷口 (略)パラメータを細かくいじっていると、聴くときにはあまり感じなかった「声の肌理」がふと立ち上がってくる感じがするんですね。で、何か歌わせようとするうちに、自分が経験的に知っている人間の声に近づけていくことがどんどん楽しくなってくる。結果的に、ほとんどの作品は「初音ミクが歌っている感じ」になってしまうのではないかなと。

    ともかく、初音ミクを使っている人間が特に初音ミクというキャラに頼ったつもりはなくても、そこに回収されてしまうような強い磁場が出来上がってしまっていますが(略)

    (「座談会:初音ミクと未来の音」『ユリイカ臨時増刊号 初音ミク』2008年12月)

    ここがぼくの躓きのポイントなのだが、かかる保守性へ抵抗する誘惑に抵抗できず、けっきょくぼくは初音ミクにこだわってしまった。こうして「私と初音ミク」という磁場に回収され、「私と初音ミク」の関係性の履歴が蓄積してゆくことになる。

    この仕掛が、非常に巧妙だと思う。

    ここ10年以上言われ続けている「フラット化」したコミュニケーションの様態が、ほんとうに全域化したのであれば、「ここはダメな場だから、別の場へ移動」となるはずなのだが、「関係性の履歴」によって、そこから排除されてしまったとしても(学校で言えばイジメられたとしても)、その場への「こだわり」「しがみつき」から逃れられなくなる(学校で言えば、自殺によってしか、イジメから逃れられなくなる)。


    こうした磁場から逃れうる可能性を、2008年の時点で、増田聡は次のように言っている。


    『初音ミク』の生成する音響を、虚構人格を現実化することに奉仕する「声」として聞くのではなく、その逆、われわれの現実の聴覚を虚構化するサウンドとして聞くこと。つまり、初音ミクの「歌声」を歌声として、身体をシミュレーションするものとして聞くのではなく、単なる電子音響として聞くことだ。

    (増田聡「初音ミクから遠く離れて」『ユリイカ』2008年前掲)

    ぼくが2007年時点で目指していたことも、この方向である。しかし事態は、まるで逆に進んだ。


    ニコニコ動画へ投稿した動画リスト


    Vocaloid V3の発売によってなのか、append版音源の発表によってなのか、まるでわからないのだが、今年の生誕祭にニコニコ動画を巡回してみると、「保守的な方向」への追求は、ほとんど回復不可能なまでに進化している。いかに「人間が歌っているようにきこえるか」という方向にほとんどのクリエイターが向かっており、初音ミクに歌ってもらう必然性がまったく感じられない(藤田咲が歌ったらいいじゃないか)。


    この「保守性」への方向性は、OSTER_Project「恋スルVOC@LOID」やazuma「あなたの歌姫」にはじまって、ryo「メルト」で決定づけられた、とぼくは考えていた。じっさい2007年12月に「メルト」がヒットしたときには、ぼくは開始20秒もたたないうちにブラウザのタブを閉じた。

    2014年の生誕祭の今日、ランキング上位の曲を数曲聴いた後でこれらの曲を聴いてみると、隔世の感がある。2007年の楽曲には、「初音ミクらしさ」のみがある、といってよい。

    単純に言えば「調教不足」であり、「人間ぽくない」たどたどしさがある。


    増田聡のいう「電子音響として聞くこと」を端的に言えば、あらゆる聴覚的要素を「テクノ」として聞く、我々の知覚の改変ということになる。2007年の楽曲は、「メルト」にでさえ、この可能性が宿っていた。


    そうなると突然、『初音ミク』の音響は別のものとして聞こえてくる。「声」に似た、なにか不十分な身体の肌理のようなものを感じさせながらも、否応なくぎくしゃくした感覚を与える電子的な音響。コンピュータが身体をシミュレートしようとする過程を耳に露にするような、人の身体の模倣に失敗した音。

    椹木野衣は「テクノ」概念を、現実の身体を完全にシミュレートするものではなく、テクノロジー固有の自律性と現実の身体とのズレが開示される際の美的な様相として規定する。音響テクノロジーの技術的な向上による身体性の音響的シミュレーションが、われわれの耳に「本物」と区別できないまでに成功するならば、それはむしろ「テクノ」の感覚を与えない(高度な技術的修正手段の恩恵によって、CD上でのみ巧みに歌うことができる90年代以降の新人Jポップ歌手の音楽を誰も「テクノ」とは呼ばないように)。「テクノ」の名で呼ばれる音楽は、身体の肌理のシミュレーションの完遂であるというよりも、身体のシミュレーションを目指しながらもそこから逸脱するズレの感覚にこそ照準する。そのズレ、シミュレーションの徹底ではなく、シミュレーションしきれない技術の残余が音響の中でクローズアップされるとき、われわれは身体に課せられてきた「自然」を脱ぎ捨て、別の身体性へと接続されることができる。

    増田前掲

    初音ミクを「テクノ」として聞くことが、もはや絶望的に不可能な地点まできていることはわかった。

    では、宮沢賢治を新しく読む――テクノ文学として読みなおす――ことは不可能だろうか?


    宮沢賢治は、周知のように、岩手という軍閥地区の郊外(花巻)に、財閥の長男として生まれた。身長は当時の成人男性に比べてはるかに高く、死の直前まで太っていた。当時の最先端の医療を受けた。宮沢家は岩手軽便鉄道・花巻温泉・花巻銀行の設立に関わった。岩手のローカルな財閥ではなく、四国にも手を伸ばしている。

    賢治は作家としてはまったく評価されないまま死んだ。童話集『注文の多い料理店』と詩集『心象スケッチ 春と修羅』をそれぞれ1000部、自費出版したが、贈呈分をのぞいてすべて買い取っている。数多くの著名作家に贈呈したが、返事は2通しかこなかった。草野心平と高村光太郎からの返事を、後生大事にしていた。国訳の法華経を1000部印刷して配るように遺言した。

    山形のベストセラー作家・松田甚次郎とそのふたりの秘書(?)が昭和13年、賢治の死後5年経って、宮沢家を訪れる。秘書のひとり櫻井コト(吉田司の母)は、賢治の父・政次郎から、遺言にある「法華経」を譲り受ける。これが69冊目の「賢治配布版 法華経」だった。つまり、賢治の死後5年たっても、賢治が遺言した法華経は、69冊しか配布されていなかったのである。(吉田司『宮澤賢治殺人事件』)


    昭和9年、賢治の死の翌年に、『宮澤賢治追悼』というムック本が100部印刷された。草野心平の同人、次郎社から、「次郎」の別冊というかたちで出た。印刷代はすべて宮沢家が支出している。

    同年、文圃堂から『宮澤賢治全集』全三巻が出版されるが、これも宮澤家が出資している。

    「世に広まった」のは、先述の松田甚次郎の編による『宮澤賢治名作選』(羽田書店・昭和14年)であった。この本は、松田甚次郎の名にのって、売れに売れた。

    文部省推薦になっている。

    羽田書店とは、羽田孜元首相の父、羽田武嗣郎が、1937(昭和12)年に衆議院議員になったときに政治資金を集めるために設立した出版社だ。

    戦前、文部省推薦になった賢治の作品は、羽田書店のものだけだ。


    これもまた周知のように、宮沢賢治は国柱会の田中智学に傾倒し、満州国建立を果たした石原莞爾同様、人生のすべての要素を、侵略的折伏に費やした。

    戦時下日本で、かような者の書いた童話が国民的に賞賛され、教科書として機能した経緯は想像するまでもない。

    十字屋版全集の別巻に、宮沢清六(賢治の弟)が編纂した「宮澤賢治年譜」がある。

    昭和19年、初版の年譜には、戦争中、宮沢賢治がどのように理解され、もてはやされたのかが逐一書いてある。

    これに対し、戦後に作成された年譜からは、この記述が一切削除されている。

    戦後、宮沢清六と、新たな「理解者」天沢退二郎らは、賢治の「国柱会的要素」を可能な限り脱色しようと奮闘した。


    この「奮闘」が、うまくいってしまった。


    もはや、宮沢賢治を、閉じたテクストと私の関係というコンテキスト以外で読むことは、不可能になったかに見えた。

    1996年の生誕100周年行事は、予想されたとおり、悲惨なものになった。

    脱色無害化された「きれいな賢治」が、ただ、自堕落に、「イイナア、イイナア」とだけ読まれることだけが許されている、そのような時代が訪れたかに見えた。

    1997年に、櫻井コトの息子・吉田司が『宮澤賢治殺人事件』を出版したことは、そのような絶望的不可能性を覆す、第一歩となった。


    宮沢賢治を「テクノ文学」として読むためには、小森陽一のようにテクストクリティークを行っても無駄である。コンテクストから切り離して賢治をテクストとして読む、という試みが、無害な宮沢賢治という虚像を生み出したのだから。



    もう一点、「被差別性」についても、共通するところがある。

    賢治には「レプラ(ハンセン病)説」があるが、これは実証されていない。ただ、結核であったのは確かだろう。これはパニックを引き起こさないタイプの被差別性だ。

    花巻の農村では、結核患者とどの程度の距離を保って接すればいいのか、すでにわかっており、距離をおいたまま表面上は親密そうに接することができた。

    賢治は「雨ニモマケズ手帳」にこう書き記している。

    わが六根を洗ひ

    毛孔を洗ひ

    筋の一一の繊維を濯ぎ〔すすぎ〕

    なべての細胞を滌ぎて〔すすぎて〕

    清浄なれば

    また病苦あるを知らず

    (『宮沢賢治全集 10』ちくま文庫)

    また、「虔十公園林」という作品では、「虔十(けんじゅう)」という主人公は、子供らに馬鹿にされて笑われるものであり、チブスにかかって死ぬ。

    けれどもあんまり子供らが虔十をばかにして笑ふものですから虔十はだんだん笑はないふりをするやうになりました。

     風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光るときなどは虔十はもううれしくてうれしくてひとりでに笑へて仕方ないのを、無理やり大きく口をあき、はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした。

     時にはその大きくあいた口の横わきをさも痒いやうなふりをして指でこすりながらはあはあ息だけで笑ひました。

     なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきを掻いてゐるか或いは欠伸でもしてゐるかのやうに見えましたが近くではもちろん笑ってゐる息の音も聞えましたし唇がピクピク動いてゐるのもわかりましたから子供らはやっぱりそれもばかにして笑ひました。

    (宮沢賢治「虔十公園林」『宮沢賢治全集 6』ちくま文庫)

    初音ミクの被差別性については、もはや言うまでもあるまい。

    日本全国、ごく一部の例外(オタクと小中学生)をのぞいて、初音ミクとは嫌悪の対象でしかない。

    虔十をひとり、トリックスター的に貶めていればその共同体が維持されるように、初音ミクの悪口さえ言っていればよいという共通前提が出来上がってしまっている。

    かような情況下で、「いかに初音ミクを人間に近づけるか」に苦心する「初音ミク産業の中の人」(主に消費者)が苦心する様子は、涙ぐましいとも言える。


    しかるにこの「中の人たち」が先鋭化し、「外の人」の共同性と同構造の共同性を維持しようとするとき、ますます初音ミクは自滅への道を歩むだろう。


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