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    2014年上半期・本のベスト

    読書

    6月が終わり、2014年の後半に入った。

    去年の年末に、ブックリストを書いたときは、「2013年に読んだ本」という縛りで書いてみたが、今回は「2014年に出版された本」という縛りで書いてみたい。

    これには理由がある。都落ちして早5年が過ぎたが、東京を離れてからは新刊本にあまり関心を持つことができず、古典や準古典ばかり読んでいた。だから、生活の文化度、という点で、あまり不自由を感じなかった。そういう鈍感さを身につけていた。

    しかし言うまでもなく、田舎でどんなに優雅に過ごしていても、生活のいたるところで、「文化」から切断されている感覚というのは、否応なしに襲ってくる。

    こうした文化的渇望感を忘却しないように、東京在住中にはまるで意識したことがなかった、「出版動向」を意識化して生活してみようと思う。


    6月30日発売、と予告されている本を買うために自家用車で隣町の2件の書店を巡ってみたが、どちらの書店にも置いていなかった。この労力とガソリン代。もしかしたら郡山市のジュンク堂にいけば置いてあるのかもしれないが、電車で片道324円(suicaを使って)である。おそらく東京では、少なくとも23区内に住んでいれば、初乗り運賃で数駅のところに、郡山市のジュンク堂と同規模の書店にアクセスできる。

    そもそも、隣町の割と大きめの2件の書店にしても、ラインナップがおかしい。いや、いちおう、全国ベストセラーランキングなどには対応しているのだろうけれど、いわゆる「読書家」がブログで話題にあげている本なんかは一冊も置いていない。

    文化を提供するという書店の機能をまったく果たしていない。

    ベストセラートップテンなんて本は、さっさとコンビニで販売するのを始めてしまって欲しい(ネット通販の7netを使えばそれもすでに完了しているともいえるが)。

    たぶん、福島県で年収1000万で生活するより、東京で年収100万ぐらいで生活していた方が、「文化的満足度」という点でははるかに高いだろうと思う。

    だったらさっさと見切りをつけて上京しろよ、という意見はごもっとも。でも、まだちょっと、やらなきゃならんことがあるのですよ。


    とりあえず愚痴ったところで、今回のランキング・ブックリストの方針を述べる。

    まず「ベスト10」は「2014年に出版された本」の中から、とりあえずの「判断」を下した本の中から選んだ(1冊だけ例外あり)。

    次に「心理療法家として」という縛りで、これも2014年に出版された本を2冊あげた。

    さらに「技術書」を3冊。どれも素晴らしい本で、「ベスト10」に入れたくもなるのだが、たぶん技術に関心がない人が読んでも、まったく「読書体験」にならないだろうとの配慮からランキングからは外したのだが、こういう、「技術書のような専門的なものは万人にはおすすめできないなあ」という心理状態に名前があったら教えて欲しい。ぼくのブログも、このorangeProseとは別にorangeProse別館という、技術に特化したブログを開設しているが、それもこの心理によっている。あるとき「ブログにはカテゴリ機能があるのに、なぜブログを分けるのか」と質問されて、「あれ、なんでだろ」と我ながら疑問に思った。教育や心理や社会について、いくら専門的な話題になったとしても、こちらの「本館」に書くことになんのためらいもないのだが、「VagrantでUbuntuサーバをアップして……」という話題の時には別館に書かなければ、という心理が働く。教育とか心理とか社会とかのことになると、誰にでも一家言あるもので、専門的なお話をしても拒絶せずに読んでもらえるかもしれない、という淡い期待があるのだろうとは思う。

    最後に、「ベスト10にランクインさせようかどうか迷ったが、判断を保留した本」を一挙に並べた。保留した理由は様々で、これはいちいち書かないことにした。

    年末か来年初頭に「2014年のブックランキング」を書くだろうと思うのだが、そのときに、今回のランキングに変動があるかもしれないし、今年後半に出版される本がすべてを占めるかもしれないし、今回「保留」にした本がランクインしてくるかもしれない。



    前置きが長くなったがさっそくベスト10から。


    2014年上半期・本のベスト10


    【1】坪田信貴『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(アスキー・メディアワークス)

    いきなり「2014年出版縛り」から逸脱する本をトップにしたけれど、年末に出た本で、ほとんどの人が今年手にとったであろうから、そこは寛大に扱うことにした。

    さんざん話題にしてきたので、もうこの本について述べることもないのだが、あらためていうと、コーチングやメンタリングの入門書であり、かつ、教育に対する脳死宣告である。

    教育学(教授法・指導法)は、心理学(コーチング)にとってかわられるだろう。

    教育は死んだ(死んだ教育には「心理教育」も入っている)。

    しかし制度としての教育、つまり学校や研修やトレーニングや上司部下のラインケアやなんかは残るので、教育ではないなにか(コーチングなのだが)がそこに挿入されることになる。この本のベストセラー化によって、それが決定づけられた。


    【2】NATROM『「ニセ医学」に騙されないために』(メタモル出版)

    「疑似科学」について科学哲学の立場から語る本は、10年ぐらい前から、たくさん出版されてきたが、それでも「市販の歯磨き粉には有害な添加物が入っているから危険です!」とか「子どもの免疫力を高めるために予防接種を受けさせていません!」とか「マクロビ」とか、「空間除菌グッズ」とか、「酵素で健康」とか、とか、とか、とか、あらゆるマルチ商法がやむことはない。

    Facebookで「イイネ」されまくる。

    「これだけ科学哲学の入門書が出ているというのに、どうして一般人の科学リテラシーはこんなに低いのか」という議論が福島第一原発事故以来、盛んになされるようになった。

    理由は簡単で、バカは科学哲学の入門書も統計学の入門書も中学理科レベルの一般教養書も読まないからだが、「困った困った」ばかり言っていても、放射脳は今日も跋扈する。『美味しんぼ』のような「商売」がまかり通る。

    で、そういう「商売」を長年やってきたメタモル出版から、あのNATROMさんがニセ医学批判本を出すということで話題になったのがこの本で、当初は出版の打診にNATROMさんも躊躇したらしい。出版社が出版社だし。近年編集者の総入れ替えのようなことが社内で起きて、方向転換をしていくとのこと。この本は、その第一歩にふさわしい。


    【3】『縮刷版 社会学文献事典』(弘文堂)

    ながらく入手困難だった本書も、縮刷版として再登場。

    入手困難だったから、「この本読んでない人とは口ききたくないな」なんて軽口も叩きづらかったけれど、これでようやっと大声で宣言できる。

    社会学とか関心ない人でも、いちおう近代社会に生きているんだから、この文献事典ぐらいは読んでおいてよ。近代人の共通言語として、社会学は、本当は、必須なんですけどね。


    【4】『縮刷版 カント事典』(弘文堂)

    このカント事典が入手困難だったのか否かは知らなかったのだが、いまAmazonを見たらプレミア価格がついていたから、これも入手困難だったらしい。

    縮刷版で誰でも買える。すばらしいできごと。

    いかなる職業につこうとも(たとえば隠遁生活をしようとも)、我々は、近代のこの社会に生きている以上、言語を使わなければ、生きていくことができない。

    それは視覚に障害を持とうとも、聴覚に障害を持とうとも、識字に障害を持とうとも、かわらない事実である。

    近代のこの社会に生きている我々にとっての言語を用意したのは、デカルトでありカントである。

    どちらも西洋の哲学者じゃないかと国士様が怒りそうだが、近代に生きるとはそういうことである。たとえ「枕草子」を読むにしても「無門関」を読むにしても、カントも知らないのでは、一文たりとも理解することは不可能である。

    「保留」リストに戸田山和久の『哲学入門』をあげたが、あれは分析哲学入門であり科学哲学入門であり言語哲学入門である(それを、それだけが、「哲学」である、という主張に、それはわからんでもないが、でも、という引っ掛かりを感じるので保留した)。英米圏の分析哲学と大陸の哲学を対立させて考える方法も20世紀にはまだ存在したが、いまではたぶん、そんなことを言う哲学者はいないだろう。


    【5】サリンジャー『フラニーとズーイ』(新潮文庫)

    春樹訳でこれが出るのはいいんだけど、野崎訳を廃版にする必要はなかったんじゃないの、新潮社さん。という思いはあるけれど、中古でどこでも買えるので、この春樹訳に馴染めなかった方は野崎訳を探してみてください。

    サリンジャーは、あとがきや訳者解説のたぐいを自著に掲載するのを禁じたため、村上春樹の解説は別冊で挟み込み、という体裁をとったのだが、この解説がノリにノッていて、字数が足りずに続きはWebで、になっているのはご愛嬌。

    その解説によれば、春樹は本書を野崎訳で大学時代に読んだらしい。ぼくもだいたい同じ頃、たぶん高3のときだと思うけど、新潮文庫の野崎訳を読んだ。おぼろげな記憶では、高校3年生のぼくは、サリンジャーを読破する、というマイルストーンに熱狂していた(当時、東北書店という、福島県の文化的生活を一身に担っていた書店が郡山市にあったのだ)。

    ところが、春樹はこの本に当時は感心しなかったらしい。事情はわからんでもない。知的スノッブの大学生が延々と宗教談義をしているだけ。あの『ノルウェイの森』で60年代後半の日本の学生運動をけちょんけちょんに書いて大バッシングを受けたぐらいの人なのだから、こういう大学生の会話を面白くないと感じるのも無理はない。

    翻訳するにあたって原著を読み返してみて、すさまじい面白さにびっくり仰天した春樹の筆圧が熱い。


    【6】片山ユキヲ・東百道『花もて語れ(12)』(小学館)

    ぼくがいま自分の生活でもっとも熱中している分野が「朗読」なのだが、日本初の、そしておそらく現時点で唯一の「朗読マンガ」が『花もて語れ』。

    坂口安吾「風博士」を主人公ハナがすさまじい読み方をする第11巻をランクインさせようかどうか迷ったのだが、五十土が夢野久作「瓶詰地獄」を読む第12巻を挙げておく。

    もうここまできたら、江戸川乱歩とか高橋新吉とか安部公房とか読んで欲しい! などと妄想が掻き立てられるのだけれど、第13巻で最終巻である。嗚呼。


    【7】京極夏彦・柳田国男『遠野物語remix 付・遠野物語』(角川ソフィア文庫)

    去年出た京極夏彦の『遠野物語remix』が角川文庫で文庫化、さらにソフィア文庫のほうでは柳田国男のオリジナル『遠野物語』が同梱されている。

    角川ソフィア文庫の柳田国男シリーズと装丁が同じなので、柳田国男の本だと思って買わないように注意していただきたい。

    柳田国男『遠野物語』をすでに持っている方は、ソフィア文庫版じゃないほうを読むといいかもしれないが、オリジナル版への参照が必要になる場合もあるだろうから、記念に買っておくのもいいと思う。

    京極のremixを(京極夏彦がどういう作家か知らずに)うちの母親が読んで「怖い」と言っていた。その後、どっかで柳田国男の『遠野物語』に触れたらしいのだが、それについても「怖い」と言っていた。どうでもいいが。どういうメンタルしているのかまったく不可解でそっちのほうが怖い。



    【8】高橋秀実『「弱くても勝てます」:開成高校野球部のセオリー』(新潮文庫)

    2012年単行本出版、2014年文庫化。4月からテレビドラマ化されたらしいのだが、そちらは見ていない。

    開成高校の頭よさげな高校生を演じられるようなキャストには思えないのだが……機会があれば見てみたい。

    著者の高橋氏のインタビューが記憶に残っていて、いつか読みたいと思っていたら思いのほか早く文庫化されて、ありがたい。

    「ドサクサ」が「勝つためのセオリー」である。ぼくは一時期この「ドサクサ」というフレーズがとても気に入って、なにかにつけて「ドサクサ」と言っていた。

    デスクトップの付せんアプリにも「!!!ドサクサ!!!!」と今でも書いてある。

    高橋氏のインタビューのことを忘れて、「あれ、ドサクサって、なんのことだろう」と書いた自分で忘れてしまっていたのだが、文庫化をきっかけに思い出すことができた。


    【9】大今良時『聲の形(4)』(講談社)

    『聲の形』は当初、1話読み切りで雑誌掲載され、聴覚障害者とイジメ問題というダブルにデリケートな問題を扱っていただけに、非常に話題になった。

    聴覚障害者当事者のツイログがきっかけだったように思う。

    小学生は補聴器の値段も知らないから、平気で隠したり壊したりする。

    昨日まで聴覚障害者の転校生を率先していじめていたいじめっこが、今日からはいじめられる側に回る。

    どこまで障害者をからかったらアウトになるのか、子どもたちはよく教師の目線を観察している。

    とても良く描かれた作品ではあったけど、ぼくは「キミも手話を身に付ければカワイイガールフレンドができるよ!というお話としてしか読めなかった」とシニカルなコメントを当時残している。

    あまりPC(政治的正しさ)の側に加担したくなかった――というか、この作品が政治的に正しいと、あまり思えなかった――などなど。

    連載になって、物語が重層化し、より複雑になった。

    見方によっては、「いつのまにか、たんなるラブコメに」とも読めるのだけれど、この作者の場合、安易なハッピーエンドにはしないだろうという安心感もある。

    先日Googleが、手話を自然言語に翻訳するテクノロジーを発表したのだけれど、そしてそれはバリアフリーの一部として有用であることは間違いないのだけれど、ぼくはそれをもって、我々が手話を学ばなくてよい免罪符として機能しはしないかと不安にも感じている。


    【10】竹内龍人『実験心理学が見つけた超効率的勉強法』(誠文堂新光社)

    学習と記憶というのは心理学の重要な一分野なのだが、マウスによる実験などとは異なり、人間の被験者を使った実験心理学は、「こういう実験で、こういう方法がもっとも効果的でした、したがってこのように勉強するのがよいですよ」とすぐに「使える」かたちで方法論を提供してくれるのが長所だろう。

    しかしこの本は真面目に実験心理学なので(タイトルや表紙からはそこが見えにくいのだが)、「あらゆる分野のすべての勉強に応用できる一般理論」しか提供してくれない。そこが短所。

    たとえば英語の復習も世界史の復習も、「復習」という点では同じなので、「どのタイミングで復習すればよいか」はこの本にある通りなのだけれど、「ボキャブラリービルディング」と「リスニング」の学習法は、当然ながら異なる。そういう特殊なことは、各教科の専門家に聞くしかない。


    心理療法家として


    佐々木雄二『新装版 実践自律訓練法』(ごま書房新社)

    あれ?2012年に新版が出たんじゃないの、この本?と思った方。

    そうです。あれが2年後に、20ページも増補のうえ、新装版として出ました。ぼくも2012年版を買いました。涙。

    一般的にというか心療内科(日本で、心身症をあつかう内科)的に「自律神経失調症」と診断される――精神医学的には現在ではほとんど疑問視されている診断名だが――病気に対する心理療法としてもっとも強力でありなおかつもっとも伝統的なのが自律訓練法なのだが、あまり有名じゃないという感じもする。

    最近ではマインドフルネスが主流なのかもしれないけれど、マインドフルネスは予防法的な側面が強いとぼくは思っているので、そしていくら医学的に疑問視されているとはいえ「自律神経のバランスを崩す」という身体感覚は我々が容易に感受できるものであるため、有用であるのは間違いがない。

    ぼくも「さいきんなんだか寝不足な感じがするな~」というときは、お世話になっています。


    『認知行動療法とブリーフセラピーの接点』(日本評論社)

    ぼくの経験則では、認知行動療法は学習コストがかかりすぎて、使いづらい。

    いくら治療効果の高さがエビデンスとして明白とはいえ、「こんなめんどくさいものに一生懸命取り組むことができるぐらい精神力が回復してるならそれはもう治ってんだよ!」と突っ込みたくもなる。

    しかし、セラピスト側のアセスメントツールとしては、非常に使いやすい。

    なにより、クライアントのほとんどは「認知行動療法」という言葉を知っている。共通言語になる。

    ブリーフがそこに目をつけないわけがない。

    ブリーフのモットーは「あれかこれか、ではなく、あれもこれも」である。


    技術書

    今年出た素晴らしい技術書を列挙したら、偶然にもすべて技術評論社のものだった。

    オライリーも面白いの出してますが、最近のはなんだか奇をてらった(失礼)方向のものが多く、後回しにしてます。

    面白いんだけどね。


    『パーフェクトRuby on Rails』(技術評論社)
    『Chef実践入門』(技術評論社)
    『GitHub実践入門』(技術評論社)

    判断保留:


    冒頭に書いたように、保留の理由はそれぞれ異なるので、いちいち書かないことにする。


    エミリー・マッチャー『ハウスワイフ2.0』(文藝春秋)
    村上春樹『女のいない男たち』(文藝春秋)
    ティム・ブラウン『デザイン思考が世界を変える』(早川書房)
    戸田山和久『哲学入門』(ちくま新書)
    クリスティアン・ボルフ『ニクラス・ルーマン入門』(新泉社)
    高橋和巳『子は親を救うために「心の病」になる』(ちくま文庫)
    大竹昭子『この写真がすごい2』(朝日出版社)
    ガー・レイノルズ『プレゼンテーションZEN第2版』(丸善出版)
    『Fearless Change アジャイルに効くアイデアを組織に広めるための48のパターン』(丸善出版)
    ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ヒステリーの発明――シャルコーとサルペトリエール写真図像集(上・下)』(みすず書房)
    クレア・マリィ『「おネエことば」論』(青土社)
    クリスティン・バーネット『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』(角川書店)
    池澤春菜『乙女の読書道』(本の雑誌社)
    『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント第12版』(丸善出版)
    グンター・トイプナー『デリダ、ルーマン後の正義論――正義は〈不〉可能か』(新泉社)
    石田晴久(他)『改訂新版 コンピュータの名著・古典100冊』(インプレスジャパン)
    リチャード・バック『かもめのジョナサン完成版』(新潮社)
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    [C9]

    たいへんな読書量に敬服します。
    田舎で年収一千万円に激しく反応してしまいました(笑)
    郡山、須賀川でもうなかったNewtonを石川の老舗書店で見つけたことはありました。
    • 2014-07-01 07:10
    • 名無しさん
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    [C10] >名無しさんさま

    石川の老舗書店、行ったことないです!
    興味がわきました。江戸屋書店でしょうか?

    学生時代に帰省したときは、まず郡山に行って、東北書店に行ってから古本屋巡りをして……というパターンでしたが、東北書店がなくなり(岩瀬書店が新たにできましたが徒歩だと行きづらかった…)、なじみの古書店も消えていました……
    「郷愁」という感情はこうして生じるのだなあ、と思いました。
    • 2014-07-01 14:23
    • Hideo Saito
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