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    感涙にむせび泣いた『算法少女』

    読書家諸氏には「なにをいまさら」と言われそうですが、遠藤寛子『算法少女』(ちくま学芸文庫)を読みました。

    感動で泣きました

    ストーリーにドラマチックなフックがあるわけではないのですが、こういう、とことん前向きで明るく溌剌とした物語に感動したのは生まれてはじめてかもしれない(それは言い過ぎ)。

    「中学生以上の、すべてのこどもたち」(つまり、おとなたち)すべてに読んで欲しい名著です。

    『算法少女』というタイトルは、歴史上実在する和算書からとられています。

    「和算」というのは日本で独自に発展した数学のことです。といっても出島などを経由して西洋の学問は輸入されていました。それでも大きくおくれをとっていたのは事実です。


    安永4(1775)年、江戸時代も半ばをすぎたころに書かれた和算書で、ながらく著者は不明でした(「壺中隠者」と「平章子」の共著とだけ書かれていて、それが誰なのかはわからなかった――「壺中」というのは例の「壺中日月長」の故事成語で有名なあれです)。

    しかし、1934年に発表された、数学史家・三上義夫の論文「算法少女考」で、町医者・千葉桃三によるものだということが明らかになり、娘の章子がそれを手伝ったのではないか、ということに落ち着きました。


    章子(あき)は桃三の娘で(という「設定」なのかもしれませんが)、この和算書の「まえがき」は、章子による変体仮名を交えた行書で書かれたものと、桃三による楷書の漢文で書かれたものとが並んで掲載されているのですが、言っていることはおおよそ同じようなこと、だそう。

    (国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで読むことができますが[ネット経由ではまだ読めない。PDFが某所にある]、現代語訳で読みたい場合は、小寺裕『和算書「算法少女」を読む』をご覧ください)。


    この和算書が貴重なのは、そして遠藤寛子氏が注目したのは、女性の名義で書かれたおそらく唯一の和算書だという点にあります。

    書かれた経緯はもちろん分かっていませんが、この本の関係者など(たとえば「あとがき」は俳人の谷素外――一部では東洲斎写楽の正体ではないかという説もあります――によって書かれている)からインスピレーションを受けて、遠藤寛子氏が児童文学として、この本の成り立ちとその周囲の状況を物語化した、というわけです。


    なので、この本は『算法少女』というタイトルではありますが、和算書『算法少女』そのものではなく、和算書『算法少女』が書かれた経緯をめぐる「創作」ということになります。


    初版は1973年に岩崎書店から出版され、サンケイ児童出版文化賞を受賞しますが、ながらく絶版になりました。

    2006年にちくま学芸文庫版として復刻されるまでの経緯もなかなか感動的ですが、そこはぜひ本書の「文庫版あとがき」をご覧ください。



    ストーリーは、すでに述べたように、それほどドラマチックなものではありません。

    主人公のあき(章子)=13歳が算法で武士をやっつけ、ある種の世直しをする、というラノベみたいな展開ですが、あくまでも1973年に出版された児童文学です。

    世直しと言っても、江戸幕府の政治を大きく展開させた、などということはなく(そんな史実はないのだから当然ですが)、せいぜい、とある地域の苦しんでいる人々を助ける程度です(それもすごいけど)。


    そんなにドラマチックじゃないのに、この物語が超絶に面白いのは、今で言うキャラクター小説を先駆けている点にあると思います。

    たとえば、久留米藩主のもとで「関流算法」の13歳少女と数学バトルをするのですが(この設定だけで萌えるでしょ?)、物語後半でこの少女と再会するシーンでは、あまりの多幸感に、ぼくはわんわん泣きました。


    そしてこの物語に登場する最高のイケメンが本多利明

    日本史の教科書にも出てくる有名人です。

    困ったあきが、本多を訪ねて、そこでオランダの数学書を眺めるシーンは、この物語のピークだと思っています。

    ぼくは、ほんとうに、こういう人に弱い。

    西洋事情に詳しい博学な男性紳士に、数学美少女(とは書かれていませんが、そうに違いない!)が頼る、というシチュエーションに萌えるとか言うと、「おっさんの妄想乙」と言われておしまいですが。



    ところで、ぼくは、高校に入学してはじめての模擬試験で、数学で7点という点数をとりました。

    受験勉強がめんどくさいという理由で、推薦入試で高校に入ったので、高校入学時点で必要不可欠だった数学力を、一切欠いていたわけです。

    数学7点でも、英語と国語がほぼ満点で、総合では学年トップ。いかにバカ高校かがわかりますね。

    ともあれ、その時点で「自分に数学は無理」という固定観念が生まれ、「私立文系を目指すしかない」と選択肢を狭めました(選択肢を狭めることは、目標到達にとってはとても有効な手法です)。

    当時、高校数学は、今のように数A・I・B・II・C・IIIなどと分類されていませんでした。たぶん、高校卒業までに、ぼくは「数I」の途中ぐらいまでしか授業を受けていないと思います。

    定期テストも教科書からしか出ないので、それでなんの問題もないのですから、困った教育制度だとは思います(模擬試験は当然ほぼ0点)。


    そんなわけで、「数学、まるでわからんとです」という状態でこの歳まで生きてきましたが、先日も書いたように、某高校で数学も教える講師をはじめることになりました。


    あわてて買ってきたのが定松勝幸『こんなふうに教わりたかった!中学数学教室』という新書。

    「中学数学からやりなおしてみっか」というわけですね。

    ところが、この新書の第1問目から、まったくわけがわからない。

    問題の答えや解き方がわからないのではなくて、「こんなふうに考えればいいのですよ」という解説の部分がわからない

    なに言ってんのか、ひとつもわからない。

    「これは困った」というわけで、芳沢光雄『新体系中学数学の教科書』というブルーバックスを買って読んでみました。

    こちらは定松本と違って、非常に硬派で、ひとつひとつの項目を、懇切丁寧に「証明」していくタイプ。

    たとえば「二等辺三角形の2つの底角は等しい」という命題を、「なぜそう言い切れるのか」ということまで証明していきます。

    ぼくはこうやって理屈でわからせてくれないと、なにごともわかんないので、非常に助かりました。

    定松本はくだけた文体で書かれていて、読みやすいのだろうけれど、数学に必要な厳密さを犠牲にしていると思います。

    まあ、それでも、小学算数で習ったはずの項目はさすがに証明を省いているので、ネットを駆け巡って、小学算数の範囲は自力でインプットしましたが。


    芳沢本との出会いで、数学に夢中になっているうちに(数学と言っても非常に水準が低いのですが)、「ぼくは数学が、じつは好きなんだなあ」と思うようになりました。

    「分かる人にしかわからない」言い方で言えば、後期ヴィトゲンシュタインしか理解できなかったけど、前期ヴィトゲンシュタインの魅力もわかるようになってきた、気がした、というところでしょうか。


    ド文系なので、西洋哲学が大好きでしたし、論理学の初歩的な授業でやるような論理学はなんとかわかりましたが、『論理哲学論考』とかになると、「なにゆってんの、この人。あまりにも言語とか論理とかを信頼し過ぎじゃないのか。あまりにも不自由過ぎる」と感じていました。

    『哲学探求』で一皮むけたヴィトゲンシュタインには共感できるのですが。

    (でもまあ、数学や論理学に傾倒しすぎて「不自由になる」のは、その通りかもしれませんが)


    そういう流れで、ようやく本書を手にしたのですが、もうひとつのきっかけは結城浩さんの『数学ガール』シリーズですね。

    数学を勉強しながら、ぼくは「ぼくみたいに算数レベルで挫折しちゃってる人向けに、なにか書けないかな」と考え始めて、とてもクリアーで美しい『数学ガール』に対抗して、おぞましく汚らしいオタク小学生男子を主人公にした『算数ボーイ』なんてどうだろうか、と安直に考えておりました。

    そんで、『数学ガール』がおそらくモチーフにしたであろう『算法少女』を眺めてみっか、という動機で本書を手にとったのです。

    読後、猛反省。

    『数学ガール』の、現代的な清らかさをさらに上回る、ある種の「ピュアさ」に、おっさんの汚らしい腹のうちが、叩きのめされた感じがしました。


    でも、まだあきらめてはないですよ。

    脳内では、町内のリア充小中学生たちから嫌悪の目で見られているどうしようもないオタク少年たちが算数バトルでリア充小中学生たちをやっつけるという、ルサンチマンに満ちた「勧善懲悪モノ」の構想がムクムクとひろがっております。



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